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【玉葉和歌集】18 春光/春雨 好きな歌度★★★★☆

睦月の初めつかた、雨降る日よませ給うける
のどかにもやがてなり行くけしきかな
昨日の日かげ今日の春雨

(玉葉集・春歌上・18・伏見院)

静かに穏やかに
このまま春になっていく
確かにそれを予感させる景色なのだ
昨日の日射が
今日の春雨が

 静かで穏やかな日々の到来が予感される。予感をもたらしたのは柔らかな春の日射しと春雨だ。冬を終え春が来る。肩の力を抜き微笑みながら風に顔を向ける日々が訪れる。
 詞書で「睦月の初め」という。現代で言えば2月の上旬にあたる。節分を終え立春が過ぎて梅の開花が待たれる頃合いだ。この時期は大寒の余韻でまだまだ寒い。だがふとした瞬間に冬のものとは異なる日射しの暖かさを感じることがある。降る雨からも刺すような冷たさが薄らいで行く。水ぬるむ雨水はもうすぐそこなのだ。

 静かで穏やかであることは春の存在感の小ささを意味しない。寝静まる琵琶湖のごとき巨大な静謐は確かにある。その巨大な存在の確かさを感じさせる伏見院の言葉遣いが良い。「やがて」で示す未来に「昨日」と「今日」を繋ぐ。過去から未来へ脈動する春の気配。その気配の力強さを下句の対句で感じさせる。そしてそれら全てを冒頭の「のどか」が包み込む。この「のどか」は景色の様子であるとともに院の心の有り様でもあるだろう。
 春の気配を味わう院の心そのものが春の性質を備えているということだ。すると私たちは描かれた景色とともにその心にも触れることになる。二重に春に触れるのだ。この穏やかな読後感はその二重の厚みのある春の気配ゆえだろう。



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