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タクティカルトレーニングとの上手な付き合い方(特別編後段)

始めに

さて、前回は特別編前段として
何故タクティカルトレーニングやサバイバルゲームに凝る自衛隊員さんは部隊や上司に対して不満を抱くのか?との内容でした。

ここで捕捉します。
海上自衛隊や航空自衛官はどうだったか?
今までお会いした事が少ないので分母が少なく、参考にはならないかもしれませんが、陸自の隊員さんのように強い不満を抱えている人は少なかった印象です。
これは携わる職務が護衛艦でクルーとして乗り込んでいる、飛行機の整備をしている、またはパイロット等、近接戦闘ではないものの形は違えど戦闘に携わっているからだと思われます。
射撃も”やらなければいけない訓練”程度の感覚だったのが印象に残っています。
趣味は趣味、仕事は別と割り切っているようでした。

反面タクティカルトレーニングやサバイバルゲームが好きな隊員と部隊が合致していた人もいます。
それは航空自衛隊の基地警備に携わる人達です。
この方達はお話を聞くと、自分の好きな事と部隊のニーズが比較的合致しているようでした。
それでは本題に入ります。

受け継がれなかった技術

2010年頃、某普通科部隊に所属するA氏と交流がありました。
彼は2000年代から始まった陸上自衛隊内の市街地戦闘とゲリラコマンド対処(以下、ゲリコマという。)の研究及び普及の潮流を背景に、部隊の中で市街地戦闘やゲリコマ対処の技術や訓練を牽引する立場の隊員でした。
A氏はとても研究熱心で我々とも仲良くして頂きましたし、タクティカルトレーニングにも積極的に参加する人でした。
我々に「今、同じ部隊の担当者同士で集まってマニュアルを作っている、訓練方法もタクトレを参考にして確立している」と嬉しそうに語っていたのが今も印象に残っています。

その後、何年かしてA氏は他の地方に転勤することになり、お会いする事はなくなりました。

それから時は流れ2021年、某普通科連隊に所属するB氏とサバイバルゲームフィールドで知り合いました。
B氏はあのA氏と同じ部隊、我々はA氏の事、A氏達が一生懸命やっていた訓練や作成したマニュアルや技術はどうなったのか聞いた所、A氏達が作ったマニュアルや訓練は受け継がれていませんでした。
(B氏はかつて市街地の訓練が行われた事は人伝えに聞いて知っていても、マニュアルの存在や行っていた具体的な訓練内容を知らなかった。)

これはこの1件に限った事ではなく、様々な所から同じように継承されなかった話を聞くことがありました。

何故、担当者(タクトレやサバゲ好きな隊員さん)がいなくなると廃れるのか

注)これは聞き取りした話とオープンソースを総合した話なので、根拠にはなりません。あくまで一例、参考であるとした上でお読みください。

かつて一部の担当者が牽引した技術や知識が部隊で何故後々に受け継がれないケースがあるのか、また定着しなかったのか考察していこうと思います。

まず組織的な背景ですが、陸上自衛隊のSNSを見ているとこのように思われます。
〇 日米共同訓練や国際間での実動を伴う共同訓練が増えた事
〇 市街地戦闘と野戦の区分や部隊運用・訓練の住み分けができた事(戦い方が深化した。)
〇 市街地戦闘も基本は野戦である事が認識された事
〇 島嶼防衛の方に重点がシフトした事
特に島嶼防衛にシフトし始めたのは大きな兆候だと思います。

そして今回は隊員さん自身と所属する部隊に関する考察を中心に記述してきたいと思います。
聞き取りやSNS・書籍を読んだ上で考察した、技術が継承されなかった理由は以下の通りです。

〇 理解ある上司が転勤、若しくは交代した上司の方針と合わなかった。


まずこの理由ですが、理解のない上司や、新しい概念を取り入れるのが面倒な上司であったといった原因も十分考えられます。
しかし原因として可能性が高いのは、上司は部隊の運用や訓練すべき優先順位を考察し計画を作り指示しましたが、担当者がそれを理解せず上司に反発しているうちに完全に”面倒くさい隊員”になってしまい、担当者本人の転勤と同時に完全に排除された。
このようなケースが少なからずあるのではないかと思います。
また、これには技術的な部分も含まれ、陸上自衛隊の一般部隊には技術的に向かない、沿わない部分も含まれていた事も原因であると思われます。

〇 マニアックすぎて誰もついていけなくなった。


これは文字の通りです、好きが高じるのを限度が過ぎて害悪になったと言った方が適切だと思います。
例えば技術的な事を言うと、「外国の〇〇という部隊ではこのような訓練を…」「習ってきたタクトレではこんな訓練を…」と予備知識、技術のバックボーンとして知っているのはよいと思いますが、実際の訓練でそれを行おうとして誰も概要を理解していないのに「この場合はこうする…」等動作ばかり真似し、結局技術の中身は担当者本人しか知らず誰もついてこなくなった、最終的には技術も普及せず担当者がいなくなった時点で誰もやらなくなった。
あともう一つの大きな要因は訓練がスピリチュアルに走り始めたケースもありました。
精神論ならまだよいのですが、第六感を研ぎ澄ます等、若干宗教が入り始めて部隊の隊員の意欲が離れていっただけでなく、部隊が危機感を抱き始めた例もあったそうです。

〇 技術や知識に偏重し過ぎて部隊の戦い方に落とし込めなかった。


技術と知識をマニュアルや資料を作って形に残しても、戦い方である部隊の運用やそれを練成する訓練に落とし込めなかったのです。
どんなに担当者が余暇を使ってタクティカルトレーニングを習おうとも、どんなに資料やマニュアルを作ろうとも、それを部隊の訓練に落とし込む事が出来なければ意味がありません。
言い方を変えると、部隊の訓練とタクティカルトレーニングは別であるとの認識を変える事ができなかったのです。(担当者か部隊自体か、は若しくは両方か)技術や知識に偏重しすぎて、部隊の訓練や運用にどのように活かしていくかといった所まで検討と実践が進まずに廃れていきました。(担当者の力不足?)

〇 米軍との共同訓練が進み、根拠や出所の分からない技術は信頼性を失っていった。


自衛隊以外から学ぶ技術や知識の根拠として、実戦での流血から学んで進化している米軍の技術より優れているものはなかなかありません。
特に共同で実動訓練を行い、米軍から直接習う機会が増えた事により、隊員が私費で習ってきた出所の分からないタクティカルトレーニングの技術や知識よりも、米軍から習った技術の方が価値ある根拠としてアップデートされた。
また米軍との編成・任務・運用の比較や共同訓練での教訓により訓練方法や部隊運用へスムーズに落とし込めた。
以上の理由により、今まで担当者が教えてきた技術や知識の信頼性が部隊やそこに所属している隊員から失われていったのです。

〇 商売が絡むようになって隊員の心が離れた。


これは稀な例だと思いますが、一部の部隊で担当者が外部の講師を中にいれて講習会を行った結果、その講師の輸入する装備品の即売会も始まった話を聞いた事があります。
担当者や部隊の中でサバイバルゲームやタクティカルトレーニングが好きな隊員は問題ないと思いますが、部隊の誰しもが何万もする装備品を私費で買える訳ではありません。
装備品を個人輸入する方は分かると思いますが、PX(自衛隊の売店)や自衛隊の駐屯地等に出入りする業者の値段設定は高めです。
「戦う為にはこれが必要」だと担当者やサバイバルゲームが好きな隊員が斡旋し、部外講師を通じて割高な商品を購入する、しまいには「この位の物を買えないと実戦で戦えない」とまで言いだす隊員まで出てくる状況になりました。
そんな状況に隊員がついてこなくなるのは必然だと思います。
これも聞き取りの途上で聞いた面白い話なのですが、まだ自衛隊に閉所訓練教材の89式小銃(電動ガン)が無かった時代、とある部隊が訓練用のエアガンを日本のミリタリー業界の関係者から、隊員で金を出し合い部隊分まとまって購入した事があるそうです。
まとまった数なのでさぞ金額もかかった事でしょうが、国の行政機関が訓練で使う物を隊員の私費で賄ったということは、規則的に大丈夫でしょうか?購入した隊員が転勤したらそのエアガンはどうするのでしょうか?
事実だとしたら大変胡散臭い話ですし、そんな状態でお金が取られるなら今ならブラックどころの話ではありません。
そんな担当者や業者に牽引された技術や知識は風化して当然だと思います。

〇 技術や知識を牽引するインストラクター役の隊員達が選民思想のような意識で振る舞いはじめた。


新しい概念や技術を持ち込む時は、何であれ反発や反感を買う事はあります。
例えば今まで全くガンハンドリングなど気にした事もない隊員に教えるのは大変だと思います。
(銃口管理やガンハンドリングというとオタク扱いしたりバカにする風潮が陸自の戦闘部隊でもかつてはあったそうです。)
また全ての上司に理解があり、常に戦史や戦例を勉強して知識をアップデートしている訳ではありません。
そこに好きで高じた熱意のある隊員の中に、フラストレーションが溜まっていくのも分かります。
そうやって自分達の技術と知識を反感やバカにする風潮から変えていこうとした事には敬意を払うべきだと思いますが、部隊の訓練や、自分達に反感を持つ隊員達を「遅れている」や「実戦を意識していない」、「サラリーマン化した軟弱者だ」と敵視し差別していい訳ではありません。
反発に反発や敵意で返しても結局それが自分達に戻ってくるのです。
そして新しい技術や知識を知っていても、横柄にふるまって良い訳でもありません。
(今風にいうとイキっていい訳ではないのです。)
自分達は違う、自分達が最新の練度を持つ隊員である自負と誇りがいつの間にか驕りになり、他の隊員から”面倒くさい隊員達”として認識され、転勤で牽引する中心人物がいなくなると最後は何も残らなかったのです。

〇 所 見


上記の事項がオープンソースや聞き取りから考察された、担当者(タクトレやサバゲ好きな隊員さん)が部隊からいなくなると技術と知識が廃れる理由です。
戦力化出来ない技術は残らない、戦い方にならない知識は残らない、これは当然のことですが、オープンソースと今までの聞き取りから見えてくるのは、せっかく技術的には間違っていなかったり、貴重な戦い方に活かせる先見性のある知識だったとしても、担当者自身の人間性、組織へのアプローチの仕方が上手くいかず廃れて、担当者が暗中模索し苦労した事は何も報われなかったのではないかとの疑念です。
上手く残している部署もあると思います。
立場や階級が違う事で見え方が全く違う事、組織の中で部隊が担当者に求める役割と協力の内容を担当者が見誤った事、それを最後まで軌道修正出来なかったのではないか?そう思えてなりません。

〇 最後に現役自衛官さんに向けて


”好きこそものの上手なれ”と言いますが、自衛隊の中で個人の興味や特技はそのまま活かせる訳ではありません。
仮に射撃や近接戦闘訓練の担当者の一人になったとして、タクティカルトレーニングを実際の訓練に活かしたいなら、運用と戦術、自分の所属する部隊がいかなる能力で、期待される役割は何か分析しないといけません。
視野を少しでも広く持ち、どこに習った事を落とし込めるのか、部隊の練度向上にいかに貢献できるか、そこを考察し上司に相談する所から始めるのも悪くないと思います。
少なくとも今まで記述したケースのような、諸先輩方の失敗を繰り返してはいけないのです。

参考文献等
平成27年~令和4年防衛白書
陸上自衛隊の教育訓練実施に関する達(陸上自衛隊達第 110-1号)
防衛省HP
第36普通科連隊SNS
第7普通科連隊SNS
第1師団Twitter
第3師団Twitter
田村装備開発SNS
Tactical Life(永田市郎氏ブログ)
自衛隊は市街戦を戦えるか (著作二見 龍)
陸自教範「野外令」が教える戦場の方程式(著作木元 寛明)



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