ゼロの平方根・後編②

［黒杭川ダムの水死体］

平成１８年８月１８日

（旧姓窪寺道子氏から届いた手紙）

柴山聡様

先日からご丁寧にお申し出いただいておりました件、改めておことわり申し上げます。
現在私は擦り傷程度の治療をすっかり終え、自らの研究に忙しくしております。貴殿の考えておられる心の傷なども皆無です。悪質な犯罪と人々が口にするほど私には犯人、貴殿の弟さんに対する恨みなど残してもおりません。死をもってすでに償ったと考えているからです。ご冥福お祈りいたします。
私は近々夫と共にコロンビアに移り住み首都ボゴダの研究機関のチーム一員として遺跡調査に参加する予定です。今から遠い昔の不思議謎解きにワクワクしています。
ご存じのように過去この国は争いが繰り返されて来た歴史があります。今でも治安は決して良いとは言えません。文化的にラテンの影響もあり人々は常に前だけ眺めて生きる気質の方々、身の周りに常々起こる不幸な事に長々こだわっていては生きていけないからです。私もそんな人々の中でそんな気質を受け継いでいます。

柴山様に申し上げます。
貴殿が弟さんたちが行ってしまった事に現在の職務を辞してまで責任を取るというのは間違っておられます。また弁償というのも同様です。貴殿らが、肉親ですから、責任を感じているのは痛いほど理解できます。ですが、その思いに換えて貴殿がすべき事は警察でのお仕事を全うする事、事件再発防止、犯罪予防などにご尽力される事だと思います。そのご実績の大きさを示せる事は、お母上やご家族への（私にも）最大の労いになるのではないでしょうか。

私からのお願いを併せ申し上げました。

私の仕事は何千年も前の小さな石の模様から様々な仮説を立てながら当時の生活を復元しようとする、ちょっと気の遠くなるような作業の積み重ねです。何人もの研究員がみな同じような作業を持ち合い、大昔の真実に最も近い結論を導き出します。

先日のお手紙のように事件の真相究明、警察官としての強い思いをこの先も消さずに抱き続けられ、時間をかけてもそれを詳らかにしようとする、それらの事、それはそれで大切な事なのかもしれません。
弟さんの心の悪魔の謎が解けるまで、そして納得するに至るまで。

何か私の世界と共通な「構え」のような気もします。

ごめんなさい、また僭越な事申し上げました。

でも、決して、ご無理は決してなさらないでくださいね。

さようなら　８月１６日　セール道子


平成１８年８月２５日

（鈴木英二氏に届いた手紙）

拝啓　鈴木英二様
　先日弟の百箇日の法要を私の家族、母姉家族らと共に父仁の墓前にて行いました。父の断り無く弟の遺骨は彼の作画と共に安置されております。
このごろは私も当時ほどの憤りも失せ、ご僧侶の教えの通り仏の成仏を願っております。
　先生には多大なご指導を頂きました。本当にありがとうございました。
　弟の事件を知り当時は辞職願を提出し弟の犯した罪の償いをとがむしゃらに考えておりました。先生からは私の安易な振る舞いに対して厳しいご叱責を頂きました。また公僕として冷静に考えてみるようご指導を頂きました。東京から戻った際も先生のお口添え頂いたようで私の辞職願いは県警交通課次長預かりとなってもおりました。
　暫くはそのまま現職を続けるにも潔さに欠ける自分が情けなく、また県警の服務規定においても処分あるべきとも考えておりました。
　しかし、結局は慰留を受け入れ配属転換後、現職責のまま職務を継続するようにご高配を賜りました。
　同時に署内にあり上司同僚、厳しい指導をして来た部下たちからも誠に有り難い労いをも頂きました。私自身が忘れていた人に為すべき思いやりを周りの皆様からご教示頂きました。感謝に堪えません。
　先生の語られましたように法に照らし法に従う公務員として心掛け職務に専心する毎日です。
　先週、その心掛けを更に充実させるべき想いを持って、次長とも相談の上、青少年交通教育に特化した新設の県警交通教育課への転属願出をいたしました。願い受理、転属後は粉骨砕身一層の職務全うに邁進いたす所存でございます。どうぞこれからもご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます。
　被害に遭われた窪寺様ですが、母雪江と私からの賠償の申し出を続けておりましたが、ご本人の被害とは程遠い私どもの謝罪弁償に対してずっと代理人の方を通じ拒絶され続けておられました。その件に関しましてつい先日ご丁寧な手紙を頂戴し、そのご本人のお心の偉大さに誠に感銘いたしました。
　内容を要約すると、怪我はすっかり治癒し専門の考古学研究に忙しい、身内の犯した事件に間違いはないが申し出は全く不必要である、警察官であるなら申し出実行よりに二度とこのような事件を起こさないよう実績を残すべき、その成果が賠償にも換えがたい大きさになるように努力されたい。というものです。私はまたしても心をうたれました。この方、こんな方々がわが国をほんとに支えているんだと、人のあるべき姿を一通のお手紙でお伝えくださった学究の士に敬意を表します。繰り返し感謝に堪えません。

　残暑猛暑のこの頃、お身体をお気をつけお過ごしくださいますように。経過改めてご報告申し上げます。　敬具８月２３日　柴山　聡

平成１８年１０月９日

（午前１０時の山口テレビニュース）

本日午前８時半頃、山口県柳井市黒杭川上流ダムに水死体が浮かんでいるのを風景撮影に訪れていた観光客が発見、警察に通報しました。柳井港警察署の調べでは浮かんでいたのは男性で死後約二週間ほど経過しているとの事です。遺体を引き上げた後死因とこの男性の身元を調べる予定です。

（関西ＫＢテレビ正午のニュース）

本日午前８時半頃、山口県柳井市柳井黒杭川上流ダムに浮かんでいた男性の死体は所持していた運転免許証などから東京目黒区で今年４月に起きた殺人未遂事件の重要参考人小宮山博史２９歳と推定している事がわかりました。柳井港警察署では詳しい死因を調べています。

（関西ＫＢテレビ夕方５時のニュース）

今朝、山口県柳井市柳井黒杭川上流ダムで発見され東京目黒の殺人未遂事件重要参考人福岡市生まれ小宮山博史２９歳と推定されている男性の水死体は外傷等が無い事などから事件性が薄く自殺した可能性が高まっています。遺体は明日山口医大に運ばれで病理解剖などが行われる予定です。その後の現場一帯の捜索で、死体が発見された場所から約３０メートル先に小宮山博史の所持品と思われる旅行用バッグと靴も発見されています。また現場から約１．２キロメートルほど離れた国道７号線の道路脇にはこの小宮山博史が逃亡生活をしていたと思われるワゴン車も発見されており、この車両の所有者などを特定するとともに死亡時前後の小宮山の足取情報また現場付近での目撃情報などを集めています。

平成１８年１０月１０日

午後３時

（柳井港警察署記者発表）

一昨日午前８時３０分頃、柳井市柳井の黒杭川上流ダムにおいて水死体で発見された男性は東京目黒北署管内において本年４月２９日未明に発生した殺人未遂事件で指名手配中の重要参考人小宮山博史２９歳と断定いたしました。

遺体発見場所の近くにあった小型バッグからは小宮山博史名義の旅券、健康保険証、銀行通帳などと共に母親宛の遺書とその封筒に同封されていた現金など、確認しております。本人の行動足跡などを示す手がかり、携帯電話等の発見はございません。

本日午前、遺体を安置しております山口医科大学付属病院内において家族、母親ですが、遺体確認を行っていただいたところ小宮山博史本人と確認され、また遺書も本人のものと確認され、断定に至ったものです。

また死体は同病院においてＡｉ画像診断等を含む検死を行いました。外傷等が無い事などからも事件性は無く、死因は水死とする自殺と断定するに至りました。

自殺現場付近に放置されていた車両でございますが、これまでの調べにより車検証記載の所有者、福岡市の建設会社でございますが、この会社の資材置き場休止中工事現場、今年八月からの工事休止ですが、ここから盗まれていた事が判明いたしました。中に小宮山博史が使用していたと思われる衣類その他生活用品も放置されており、おそらく自殺するまでのある期間、逃亡生活に使用していたものと考えております。また同車内からは飲料とともに、直前使用したと思われる市販の睡眠薬を発見しております。

死体検案書に医師所見もございますが、小宮山博史がこの車内で食料飲料と共に睡眠薬を服用、その後約１キロメートルを歩き意識低下のまま死体発見場所やや北で小型バッグを置き靴を並べ入水自殺したものと推定しております。胃の内容物等からもその推定に合致する残留睡眠薬等が検出されております。なお遺体は家族の希望により明日荼毘に付されます。

午後４時

（目黒北署記者発表）

一昨日午前８時３０分頃、山口県柳井市新庄の黒杭川上流ダムにおいて水死体で発見された男性は当目黒北署管内において本年４月２９日未明に発生した殺人未遂事件で指名手配中の重要参考人小宮山博史２９歳と断定されましました。

山口県警柳井港警察署は山口医学大学付属病院内において母親に遺体確認を起こってもらったところ小宮山博史本人と確認し断定に至ったものです。

また死体は同病院においてＡｉ画像診断を含む検死の結果、外傷等が無い事などからも水死を死因とする自殺と断定されております。

重要参考人の死亡、これによりまして小宮山博史の全国指名手配を解除、近日中に当該事件の捜査本部を解散いたします。

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