ジェネラリストかスペシャリストか

1990年代から2000年代ごろに、日本企業で求められる人材がジェネラリストからスペシャリストに変わっていく(変わってきた)という話が出てきたと思います。
これまでの日本企業は定期異動を前提とした人事制度の中で、様々な職種を経験させて汎用度の高い人材を輩出していた、しかしそれでは突き抜けた人材は出てこない、そこでこれから求められるのは、一つのことに長けた専門性の高い人材だ、という趣旨の論調でした。

私はかつて、スペシャリスト志向の会社で働いていました。今、ジェネラリスト志向の会社で働いています。二つの会社を比較して今思うことは、

多くの場合において、スペシャリストが集まった会社より、ジェネラリストが集まった会社のほうが強い

ということです。

スペシャリスト志向の会社で働いていたころ

会社には、個性豊かな人がたくさんいました。知識はすごいが話し始めると十数分止まらない人、コミュニケーション力は高いがコミュニケーション以外は何もしない人、夜遅くまで仕事をし翌日11時にならないと出社しない人。
会社を離れて久しいので、批判的な書き方になってしまいますが、印象に残っているのはこういう人たちです。彼らは皆「与えられた仕事は高い品質で遂行するのだが、それ以外のところが欠けている人」でした。
会社とはこういうものだと思っていました。

ジェネラリスト志向の会社に移って

最初は、パッとしない・あか抜けない人が多いなと感じたものでした。
時が経ち、今、優秀な人が多いなと感じます。なぜか。

一つはかつては自分より上の世代を見ていたが、今は自分より下の世代を見ているからです。自分ができなかったことをやっている若い世代を見ると優秀さを実感します。

そしてもう一つ思う理由が今日のテーマ。社員がジェネラリストだからです。

ジェネラリスト=特筆すべきことがない、ではないのですよね。
ジェネラリスト=何でも平均点以上にできる、なのです。この場合。

本来のジェネラリストとは

どうしてもジェネラリストというと、「専門性がない」という、いわばスペシャリスト側の目線で作られたネガティブな定義で語られがちです。しかし、突き抜けていないが何でもできる人もこの定義ではジェネラリストに含まれることになります。

特定分野の知識に加えて、他の分野の知識もそこそこある。協調性が高い。周りへの気配りを忘れない。毎朝きちんと定時に出社する。新しいことを学習する意欲がある。これが私のジェネラリストイメージです。まさに、同僚として一緒に働きたいタイプの人。

「専門性が高いが欠けた部分があるスペシャリストの集まり」と「突き抜けたところはないが何でもできるジェネラリストの集まり」だったら、どちらがコンスタントに良い業績を上げ続けられるか。ジェネラリストではないでしょうか。

ジェネラリストを侮るなかれ

新しい閃きは突き抜けた人でないと出せないということには異論はありません。スペシャリストはスペシャリストで必要な存在です。
しかしそれが求められる職種は限られていると思います。多くの職種において求められるのは、令和の今もなお、ジェネラリストではないかというのが私の考えでした。
欲を言えば「ジェネラリスト要素がそろっている突き抜けた人」ですが、そんな人はなかなかいませんね。



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