素直な友人は本音の前に言葉を置く
「ふつうのことをふつうにしてれば社会は平和に回るのにな」
昨夜の居酒屋バイトでのトラブルを一通り披露して当たり障りない言葉で締めようとすると、友人は少し苦い顔をした。
「慶のふつうを求められても大抵の歯車はそんな風にできてないって、おれも含めて」
居酒屋を三件はしごして、時刻は午前四時。
あと五時間もせず一限目が始まる。
「秋人はやたらおれを買いかぶってくれるけどそんなに仕事できないよ」
「それ、それ、それ」
酒に強いわけではない秋人は、少し大げさに肩をすくめた。
「慶さ、そういう風に遠慮するの良くないって。仕事できる人のそれ、本当に仕事できない人は傷つくんだよ」
「......そう言われても」
「おれめっちゃ仕事できる!たまにミスるけど!くらいでいいんだよ。そうじゃないと慶より仕事できないおれはなんなの。ゴミじゃん」
「そんなことないだろ」
「そういうことなんだよ。慶は頭いいんだよ。自分を認めてあげてよ。それはおれを認めてくれるのと同じくらい大切なんだって」
珍しく秋人が声を荒げる。
授業中も、バイト中も、いつも穏やかな彼が。
二人で飲むことはよくあるが、初めて見る姿かもしれない。
「どうしたの。何かあったの」
は、と真顔から、呆れたように、困ったように、あるいは悲しむような乾いた笑いを漏らす。
「なんもないよ。いつだって思ってたことだよ」
「おれ、嫌な思いさせてた?」
秋人はこちらを見ずに、両膝に両肘をついて前のめりの姿勢で両手に頬杖をついた。
「別に。能力ある人が過度な謙遜をするの、好きじゃないだけ。慶は自分のこと嫌いだけど、それってそれ以上に自分よりその分野で下の実力の人に厳しいってことだから」
「おれそんなこと言ったかな」
「『こんなに欠陥品のおれでもこれくらいできるのに、なんでできないの』くらい思ってそう」
大きな音がした。
秋人が驚いた顔でおれを見上げる。
勢いよく立ち上がってベンチががたついた音だった。
おれが立ち上がっていた。
「......ごめん」
「言い過ぎました、ごめんね」
「いや、ごめん」
座り直す。
沈黙。
夜の公園の沈黙は重い。
「こないださ、二階堂先輩に会ったよ」
「久しぶりじゃん。髪は何色だった?」
「みどり」
あはは、相変わらずだなぁ、と秋人はくしゃっとした笑顔で笑った。
「『性善説と性悪説どっち派?おれは興味ないけど慶くんの意見が聞きたい』って言い残して授業に行っちゃった」
「聞きたいんじゃなかったのかな」
「ね」
二階堂先輩のおかげでお互いに少し困った顔で笑えた。
「慶、おれはね、ばかだけどね」
否定したい気持ちをおさえて、黙って続きを待つ。
「慶みたいな根っからのいいやつが自分を嫌いになっちゃうような、他人を嫌いになっちゃうような、社会を呪いたくなるような、そんな社会だって思いたくないから」
酔わせすぎたのかもしれない。
「元からいい人が苦しくなるような社会って絶望的だから」
顔だけじゃなく目元まで赤くなっている。
「性悪説を信じようかな。社会は悪いとこじゃないよ、きっと」
ふっとビルの隙間から朝日が差し、白い光がふたりを包んだ。
***
『クランベリー』より
慶と秋人。大学三年生。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。