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そのままの君で

夏休みが終わり、私も含めたほとんどの部活動の3年生は引退した。もう受験シーズンまっしぐらの時期に突入していた。

母も通った第一志望の進学校と、ワンランク落とした隣の学区にできた新設校の普通科を受験するか迷いに迷った。最終的な進路希望の決定は2学期の期末テストの結果と内申点が1番重要な鍵を握る。前述した通り、第一志望高校は私の成績ではスレスレ、合格できてもその高校に行けば勉強について行くだけで大変なのは目に見えている。一方、隣の学区の山手にできた新設校はおそらく今のところ射程圏内だが、私の中学では人気がなく、友だちもきっと1から作り直さねばならない。塾で聞いた話によると、隣の中学からは毎年40名ほどが合格して普通に通っている。
という事は逆に自分が通っている中学からそこを受ける者は少ないので少しだけ有利になるかなぁとも考えたが、ペーパーテスト一発で足切りをしていくので、その考えはすぐに消えた。

色々考えて、その新設校も一応進学校ではあるし、友だち関係も1からリセットするのも意外と面白いかもしれないと気持ちが傾き始めていた。

母は意外にも“英語に力を入れてる新しい高校だからいいかもね″くらいだった。創立当初は割と難しく、母の英語の塾の生徒も何人か受験したが、そのうち何人かは滑ったと聞いていた。なので志望校をワンランク落としたからと言って決して気は抜けない。


2学期に入り、卒業式に向けて3年生が歌う曲の選考があり、“そのままの君で″が決定した。 

伴奏は私がする事になり、指揮は同じ放送部だった男子の山内くんが立候補した。
山内くんは1年生の時も同じクラス、部活も一緒、よく喋るウルサイ男でいつも言い合いをしているうちに何だかおかしくなり腹の立つ事もお互い多かったが、合唱コンクールの時も指揮&伴奏をして、半ば腐れ縁のような仲だった。

学年全体で“そのままの君で″を体育館で練習していた時、私も本当は一度くらいみんなと歌いたかった。泣きそうになるくらい良い歌詞で、切なくなる。
ミッちゃんもソプラノの夕ちゃんもアルトの優ちゃんも一生懸命歌っている姿が、ピアノの位置から見える。私も伴奏をしながら、皆から少し離れたピアノの位置で、みんなに合わせて歌った。
合唱部の時も中学に入っても、本当はみんなと歌いたい気持ちはあったのだが、良くも悪くもいつも伴奏の役割だった。だから伴奏は余計に心を込めて弾いた。

同じ部活の藍ちゃんが『レナちゃんの伴奏の最初の部分聴いてたら、きっとミッちゃんの事も思いながら弾いてるんだろうなぁって伝わってきてね、それ思ってたら自然に涙が出てきたよ』と言ってくれた。
伝わってたんだ…ピアノの伴奏だけど、私の演奏を通して色々思って泣いてくれた人が1人でもいたんだ、それを聞いて私も涙した。


“時は流れて ぼくらは別々の人生を 歩んでゆくけれど いつかどこかで 偶然出会ったなら
心の底から語りあおう″

“いくつ年をとっても 君は君でいてほしい″



特にこの部分の歌詞が好きで、自分の中の何かが込み上げてきて、涙で視界がぼやけ、楽譜がにじんで見える。指揮の山内くんとは阿吽の呼吸で曲を進めていく。


中学まで一緒だった人、もう二度と会う事のない人もこの中にたくさん居るんだろうなぁ…と考えた。
公立の中学校は様々な背景を持った仲間が唯一いっしょになる最後のチャンスなんだ。高校はそれぞれの方向性に合わせて皆別々のところに散っていくし、そのまま就職する人もいる。

約220人いるこの学年の中に二度と会えなくなる人もいるかもしれない。だから仲が良くても悪くても、そうじゃなくても、1人でも多くひと言でいいから口を聞いておきたい、そう思った。

それからは卒業まで、6クラスあるけれどできるだけ何か用事を作って、学年中の1人ひとりと一言でもいいから口を聞こうと意識した。
記憶の中で、卒業式が終わるまでの数ヶ月間、まだこの人と喋ってなかったなと思う同級生を見つけては話しかける努力をした。
口を聞いた事もないまま、どんな人かも分からないまま卒業してしまうのは、あまりにももったいないと思った。
それだけ、人とコミュニケーションをとることが私自身好きだったのかもしれない。



2学期の期末テストを終えて、第一志望校を変更した。母や一族が通った学区内の進学校から、ワンランク落として隣の学区の山手にある、制服がダサいと言われていた新設校に。


英語科は難易度が高かったので普通科を受ける事にほぼ決定した。

滑り止めで受ける私立高校のうち、一校は音楽科のある遠い女子校を受ける事にした。
夏にオープンキャンパスで実技指導を受けたベートーヴェンソナタでは何かいまひとつ物足りなさを感じた私は、同じベートーヴェンソナタの「悲愴」の第三楽章にしようとK先生と話し合い、曲目を変更して練習した。


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