3.ふたりなら

「グウォオオオオ‼‼‼‼」

 突如鳴り響いた鳴き声。見れば、先ほど撒いたはずのフィクサーがこちらを見ている。たたらはとっさにかぐらの手を引き、再び駆け出した。

 *
 
 逃げて、逃げて、逃げて……ついに袋小路に追い込まれてしまった二人。「どうすれば……」と考えを巡らすたたら。そんな彼に彼女はある提案をする。
 
「私達で、あのフィクサーを倒そう」
 
 それを聞いたたたらは目を見開く。
 フィクサーはスピナーにしか倒せない。確かに、かぐらのチカラを使えばスピリットのチカラなしでもあのフィクサーを倒せるかもしれない。けれど、それは……。最悪の展開がたたらの頭をよぎり、彼に二の足を踏ませる。
 
「あなたはあのフィクサーを倒せる。そのためのチカラもある。自分ではまだ気づいていないだけで」
 
 そう断言するかぐら。だって、彼女は気づいていた。繋いでくれたその手が、淡く光っていたことに。そして、その光こそフィクサーを浄化するためのチカラ……スピリットだということも。「それでも自分を信じられないなら、たたらを信じてる私を信じてほしい」と言うかぐら。そして、なおも自分を信じきれない彼に、彼女はこう続ける。
 
「絶対大丈夫。私がついてる」
 
 それは、何よりも強いおまじない。それだけで、今の彼はなんでもできる気がしていた。
 そして、彼女に背中を押され、彼はフィクサーめがけて走り出した。

 *

 強くなりたかった。御伽噺や英雄譚に出てくるような。みんなを、大切な人を救えるくらい、強く。けれど、僕に与えられたのはチカラではなく呪い。一部の人々は僕を『禁忌』と呼び遠ざけた。かぐらを除いては。だから、今度は僕が救いたい。そして、そのためのチカラがあるのなら、僕は。
 そこは、自分とフィクサーだけの世界。『いたい』『くるしい』『たすけて』……様々な感情が、たたらの中に流れ込んでくる。身体の奥が熱い。だが、心は今までにないほどに澄んでいた。初めて使うはずなのに、まるで身体が”それ”を覚えているかのように動く。彼はその中から、今にも埋もれてしまいそうな本当の姿を探し出す。そして。
「……もう、大丈夫。だから――」そう呟き、自身に宿った浄化のチカラを以ってフィクサーを鎮めた。
 
 あたたかな光が、あたりを包む。フィクサーを覆っていた黒いもやはなくなり、気づけばフィクサーだったものは浄化され、周りには人だかりができていた。

 *

 「わあああああああああ‼‼‼」

 一部始終を見ていた住民達から歓声があがる。しばらくぼーっとした後、我に返りかぐらの方を振り返り――倒れている彼女を見つけた。
 
「かぐらっ!?」

 かぐらに駆け寄るたたら。力なく横たわっていた彼女に呼びかけるが、返事が返ってくることはない。見れば、かぐらの目の下にはクマができており、それがたたらの顔から一層血の気を引かせた。
 彼女を抱えたたたらは、大歓声の中一目散に走りだした。

 *

 「…………」

 そこは、建物の影。フィクサーが倒された興奮渦巻くその裏に、ひとりの少女はいた。その視線の先には大歓声と祝福を一身にうけるたたらと、その中で力なく倒れる少女がいる。
 「っ――、」何かを言いかけた少女だったが、そんな彼女の存在など知る由もなくたたらは一目散に走りだしてしまった。少女は、追いかけようとするも、それが叶う事はなかった。足を止めた少女は「ねえ、」とここにはいない誰かに問いかける。

 「……あの二人なら、私達を――あなたを、救ってくれるかな」

 雲1つなく晴れ渡った空の下で。その色を映すことなく、少女はそう呟いた。
 宛てのない問いかけは、誰に届くこともなく消えていった。

 

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