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利き手

オジさんの科学vol.083 2022年11月号

 いつの間にか、卓球が人気のようだ。中学の部活動の部員数は、ソフトテニス、バスケットボールに次いで第3位だ。
卓球は、経験者と素人の差が大きいスポーツだと思う。経験者が繰り出すスピンを効かせたサーブは、素人のオジさんには魔球にしか見えない。
 昔、その卓球で、インターハイにも出場した元選手と試合をして、勝ったことがある。ルールもコートも道具もハンディ無し。相手は、オジさんよりも若く、健康体だった。そしてガチ勝負。ただし、二人とも右利きだったが、ラケットを握ったのは左。インハイ選手も利き手じゃないと素人並みになってしまうのだ。
 今回は、利き手についてグダグダと書いてみる。

利き手があるのは、ヒトだけ?
 右手痛めると、とても困る。字を書く時も、ご飯を食べる時も、クラブを握る時も。そして、左手は頼りにならない。
 ヒトのほぼ9割が、右利きだそうだ。その右手は、大脳の左半分(左脳)によって制御されている。左脳は、言語も処理する。
このことからかつては、言語と同様に利き手があるのはヒトだけの特徴だと考えられていた。利き手は人類に固有のもの、直立2足歩行に伴って発達した、と書かれた本もあった。

動物に利き手はあるのか?
 今年、NHKが「動物の利き手大調査」を実施した。子ども科学電話相談に寄せられた「犬にも右利き、左利きはありますか?」という質問がきっかけだった。イヌやネコの利き手や利き足について、詳しいことは分かっていなかった。そこで全国の視聴者の協力を仰いだ。
 イヌは「段差どちらの手(前足)から登ろうとするか」、ネコは「目の前の好きなおもちゃにどちらの手から触ろうとするか」を調べた。それぞれ10回程度試す。ビデオなどで撮影して数えてもらった。3月1日~8月31日の間にイヌ84件、ネコ111件、その他9件の報告があった。
 イヌは右利きが41%、左利きが32%、左右同じくらいが27%だった。ネコは右利きが32%、左利きが35%、左右同じくらいが23%だった。この結果から、監修した麻布大学獣医学部の菊水教授は、イヌやネコにも利き手があると考察した。

 先月、岡山大学と奈良女子大の研究チームが、ネズミの仲間のラットは「右が利き足」という発表を行った。研究チームは、目のかゆみ伝達の神経基盤を研究していた。その中でラットは、どちらの目を刺激されても目を掻くのは主に「右」の後足であることを発見した。

 2017年に名古屋大学と富山大学の研究チームは、アフリカ東部にあるタンガニイカ湖に生息する鱗食魚の攻撃や行動に「利き」がある事を報告した。
 他にも、魚から両生類、哺乳類に至るまで色々な動物で「利き○○」に関する報告があるようだ。

ゴリラは右利き?
 前述の様に、ヒトの場合は、単に利き手があるだけではなく、右利きに極端に偏っている。チンパンジー等の類人猿を含む霊長類にも右利きが多い、という報告が複数あるようだ。
 昨年、京都大学の研究チームが「野生のゴリラも右利きが多いことを、世界で初めて発見した」という発表を行った。チームは、アフリカの赤道直下西岸にあるガボン共和国に生息する野生の西ローランドゴリラを観察した。
 ゴリラは、アフリカショウガという植物を食べる。まず、この植物を片手で地面から引っこ抜き、次に片方の手で茎を握って支え、反対の手の微細な操作により茎から髄を取り出して食べるそうだ。
 21頭の4,293 事例を観察した結果、すべての個体において髄を取り出す操作に強い利き手が現れた。15頭が右利き、6頭が左利きだった。
このことから、「ヒトの右利きは言語の獲得よりも前だった可能性」が示唆されるという。

古代人も右利き?
 南アメリカ、ヨーロッパ、アフリカなど世界中の洞窟の岩壁から、旧石器時代に描かれた「ネガティブ・ハンド」と呼ばれる手形が見つかっている。その9割が左手をかたどっている。左手を岩壁に当て、右手に持った苔などで形作ったり、右手に持った筒などに入れた顔料を口に含み吹き付けた、と考えられている。このことから作者の多くが右利きだったと推察された。
 縄文時代の槍などの石器の剥離痕からも、制作者の利き手が判るそうだ。ほとんどが右利きだったようだ。

なぜ右利きが多い?
 遺伝的な要素は、存在するらしい。ある研究で子供が「左利き」になる割合を調べたところ、右利きの親同士から生まれた子供の左利きの比率は9.5%になる。右利きと左利きだと19.5%、左利き同士の親の場合は26.1%だそうだ。世界中の研究機関が、利き手を決める遺伝子を探している。しかし、まだ見つかっていない。
 環境的な要因も色々と挙げられているが、詳しくは判っていないようだ。

どっちでもよかった?
 2009年にフランスで、仕事中の事故で両手を失った男性2人の事例が報告された。2人は、事故の3~4年後に手の移植手術を受けた。手術は成功し、脳と新しい手がつながり、細かな作業も出来るようになった。2人とも以前は右利きだったが、左手の方が右手よりも1年以上早く脳につながり、そのまま左利きになった。
 進化は偶然に左右されることが多い。大昔、たまたま右手で石器やラケットを握ったヒトが多かったので、右利きが生存に有利な環境が出来てしまったのかもしれない。
や・そね

参考資料
<プレスリリース>
『ラットが目を掻く際、「利き足」が存在』2022年10月24日岡山大学、奈良女子大学
『氏か育ちか?鱗食魚の「利き」の獲得』2017年8月21日名古屋大学、富山大学
『野生ニシローランドゴリラにおいて集団レベルの右利きを発見―ヒトの利き手の進化的起源が言語の獲得より前に遡る可能性を示唆―』2021年1月11日京都大学
<雑誌>
日経サイエンス2009年10月号「脳はなぜ左右で分業したのか」
日経サイエンス2009年8月号「利き手が変わる」
<書籍>
久保田競『手と脳』2010年 紀伊国屋書店
鈴木光太郎『ヒトの心はどう進化したのか』2013年 ちくま新書
八田武志『眠らないほど面白い 左利きの話』2022年 日本文芸社
<web>
『令和3年 加盟校・加盟生徒数調査』 日本中学校体育連盟
「シチズンラボ 動物の利き手大調査」 NHK
「大昔から人間は右利きだったのか」 京都国立博物館考古室 
「利き手は何で決まるのですか?」 KoKaNet子供の科学のWebサイト

以上

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