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椿の花を落とさないで


友達の家で

色鉛筆で一緒に絵を描いていたとき


「ねぇキスしたことある?」


と聞かれ

「ないよ」

絵を描きながら言ったら

唇に柔らかいものが触れてた。

「ふわふわしてるね」

そう言って

何事もなかったように絵を描く友達の唇を

じっと見つめた。



クラスでもキスするのが流行っていて

男子から突然頰や髪にキスされることはよくあった。

「毎日教室でキスされます」

宿題の日記に書いた時

「キスは大切な人とするほうがいいと思います」

先生の返事にそうなんだ。と思った。

10歳のときだった。



中学生の時

「ねぇ、チョコミントとストロベリーが混ざると

 どんな味になると思う?」


親友の彼氏に聞かれた。

「さぁ、わからないよ」

答え終わる前に

口の中にチョコミントの味が広がった。

「チョコミントが勝ったね」

チョコミントアイスを食べながら、親友の彼氏が嬉しそうに言った。

少し溶けたストロベリーアイスが

私達がしたことをじっと見ていた。



公園のベンチは冷えていた。

逢魔が時も過ぎた頃

横に座るバイト先の店長から


「私、すごく好きなんだけど」


わざわざ伝えてくれて有り難いな、と思った。

「私も好きですよ」

言い終わると同時に口に衝撃を受け

指でさわると

唇から血がでていた。

「ごめんね」

今キスされたんだ。

走り去る彼女の後ろ姿を見ながら

指についた血を眺めた。



唇を重ねたあと

ベットに腰かけて

「ごめん」

謝りながら

泣いていた同級生の男子



放課後の教室で

私を膝の上に乗せて

「かわいい」

といいながら

髪や頬や、あらゆるところに

唇をつけてきた女子バレー部の先輩



あの大学生の人、名前はなんだったかな?

あの後輩はどこで出会った?



唇の記憶をたどった。

自分からキスをしたことはなかった。

一体どんな気持ちでしてくるのだろう。

言葉を話す、物を食べること以外に

唇の使い事があるなんて考えてもみなかった。


いつも突然の出来事として

私の唇の記憶はある


「あ、急だなぁ……。仕方ないな」

にわか雨に出会ったみたいに

困ったような驚きや

諦めが胸に広がる。


ずいぶんと大人の年齢になり

図書館で大島弓子さんの漫画を手にとった。

柔らかい絵のタッチ

それなのに

なぜか読み終わると切ないような悲しいような

それでいて

清々しい不思議な気持ちが残り

心地よく感じた。

今もはっきりと思い出す。


それから、すっかり大島弓子さんが好きになり

本棚に作品がどんどん増えていった。



その中で

「アポストロフィS」



と言う物語に出てくる詩と出会い

心の中で閉じ込めていた想いがじわりとあふれ出てきた。


『あなたと

 接吻いたしましょう


 桜草が咲いたなら

 李の花が咲いたなら

 梨の花も待ちましょう

 茱萸の花もそえましょう


 薔薇が咲いては遅すぎる

 トゲが二人をさすでしょう

 香りがあなたを殺すでしょう

 薔薇の花が咲くまえに

 椿の一枝髪にそえ


 あなたと

 接吻いたしましょう』


登場人物のかすりが書いた詩を友達の咲也は写していた。

「……すごい夢があるな……キスだけで……」

 それを見て感心した浪少年に咲也が答える。


「かすりの詩に共鳴して写しとっておいたくらいだもの

 あたしだってそういう夢はあったのよ」



その言葉を読んで

私もそう思ってもいいよね。


はじめてのキスは好きな人と、唇の記憶として残しておきたかった。

突然のキスに

悲しんだり驚いたり自分の感情を出したかった。

優しく宝物に触れるように唇に触れて欲しかった。

咲也の台詞に

私の心は救われたように感じた。



「椿の花首はあらあらしくゆすったりすると落ちやすいの

まして髪につけりゃ不安定

『だから恋人よ どうぞ乱暴にしないでね 椿の花をおとさないくらい』

というのが彼女の気持ち 彼女の接吻にたいする夢よ」

咲也はかすりの想い人にかすりの気持ちを伝える。

でも

結局かすりは好きではない人とキスをしてしまう。


それでも


「椿の花を落とさないで」


と言う

かすりの一言に胸が締め付けられた。



私はこの漫画の話しと自分の気持ちを夫に伝え

椿の花を落とさないように

唇に触れてもらうようになった。



「キスを反対から言うと、スキなんだよ」


はじめてキスした同級生の言葉を思い出し

口紅をつけた自分の唇を見つめ

もうこの先、一人の人としかキスはしないのだろうと思うと

ホッとしたような安心した気持ちになった。


***


『思い出のマンガの一言』

きいすさんと高岸さんの企画に参加させて頂きました。


漫画が大好きな私は、どの作品の誰の一言にしようかな?

その時々胸にくる漫画の一言があるので

とっても迷いました。


ふと窓の外を見ると

椿の花がひっそりと咲いていて

思わず


「椿の花を落とさないで」


と呟いてしまったのです。


こんな風に台詞が自然に出てしまうほど

私はこの漫画に感銘を受けたんだ。と

あらためて漫画を手に取り

庭に咲いている椿を見つめ

唇の記憶を文にしてみました。


このような機会をくださった

きいすさん

高岸さん





本当にありがとうございました!

感謝の気持ちいっぱいです。



皆さんの「思い出のマンガの一言」はありますか?


最後まで読んで頂きありがとうございました。
心から感謝の気持ちを込めて。

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