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銭湯と、木桶 -ケの日の文化を紡ぐこと-

「使ってみれば、わかるのに」。そう思わずにはいられない「よいもの」は、ひっそりと日本中に存在します。お金や人を集めて広告をつくることはできるけれど、それでもやっぱり本当に伝えたい魅力を伝えるのは簡単ではありません。

そんなとき、銭湯という場所があります。よいタオル、よいシャンプー、よい桶、よい椅子、よい畳。よいものに囲まれてお風呂にはいる体験から、ものの良さをそのまま感じてもらうことができる。体験がさき、解説はあと。まっさらな状態で商品を体験してもらうことで、自信を持っておすすめできるものを自然な形で好きになっていただけるのではないかと思っています。

水を、すくう、かける。
水が、跳ねる、流れてく。
桶が、私に馴染む、水に馴染む、流れに馴染む。

やりなれたはずの一連の流れが、より愛着の持てるものになる。そんな木桶と出会いました。

小杉湯原宿ではグランドオープンに合わせ、滋賀の工房、中川木工芸の木桶・木椅子を導入させていただきます。お迎えに先立ち、中川木工芸の中川周士さんにお話を伺いました。おふろに入った皆様に、ぜひ読んでいただきたいnoteです。


小杉湯(高円寺)にて、中川周士さんにお話をお伺いしました

木桶は人の一生を見守ってきた

鎌倉時代日本にやってきた桶は、鉋(カンナ)が普及し始めた江戸時代、爆発的に広がりました。味噌や醤油の樽として、寿司桶として。洗濯も桶とたらいで行い、お風呂が普及し始めてからは浴槽も桶で作られました。亡くなった方を埋める桶や産湯に使う桶としても使われたりと、木桶は人の一生を支えてきました。生まれてから死ぬまで桶に囲まれ、生活のすべてが桶と隣り合っていた時代があったのです。

しかしながら、最盛期で京都の町に200件以上あった桶屋も今では3軒にまで急減。そんな中、中川木工芸さんの若いスタッフさんが2人独立し、現在は合計で5軒、桶屋が存在しているといいます。

桶になるパーツを地道に削ります
結い上げた桶を、鉋でさらに薄く削っていきます

ここへ来て若い世代に「古くていいものを残していこう」という流れにが広まっているのは、若い人の「本物をみつける力」が影響している。中川さんはそうおっしゃいます。

本物をみつける力

「『本物偽物』っていう区別はすきじゃないけど、確実に本物と思えるものはある。高いものは本物で百円均一が偽物、ということではないんですよ。100円のもの作るっていうのも大変だし、それぞれの本物性がある。極める、研ぎ澄ます感覚をもつものが『本物』だと思うんですね。

『極める』や『研ぎ澄ます』って日本独特の感性で。日本人はただの花を生ける行為、お茶を飲む行為をアートとするけれど、あれって日本人のこだわりの強さだと思うんです。こだわりは研ぎ澄ます、極めるという感覚のあらわれで。それを感じ取れるかどうかが、本物を見つけ出す力とリンクしていると思います。」

若者が、研ぎ澄まされたものと沢山触れてきたか?というとそうではないかもしれません。

「おばあちゃんの家に遊びにいったときのような遠い記憶をもとに「本物」にシンパシーを感じるんじゃないかな。小杉湯を盛り上げてる世代も、もちろん幼いころから家に風呂があったけれど、銭湯に惹かれている。記憶の片隅で作り上げられた研ぎ澄まされた感覚に触れる何かが、小杉湯にあったんじゃないかな。」

なんだかわからないけど懐かしい…そんなものに惹かれる理由が少しわかった気がしました。原宿においても、今まで木桶に触れたことがない!という方もいらっしゃると思います。実際に使ってもらって、中川さんはどんなこだわりを見つけてほしいと思っていらっしゃるのでしょうか?

中川木工芸の桶

「ほっとする木の香りはお湯と相性がいい。木の香りで囲まれる体験を楽しんでもらえたら。」

たしかに、木と水は相性がいいですもんね。

「厳密に言うと、相性はよくない(笑)木は水を腐らせるからね。でも、その相性をよくしているのが職人の力です。」

持った瞬間に、「水をすくいたい!」と思わせる持ち手や底の形、薄さ、軽さ。中川さんの技術によって、相性の悪い者同士が溶けていたのだと気づかされました。

中川木工芸では、コウヤマキ(高野槙)という木を使っています。日本で一番水に強いと言われているコウヤマキは、お風呂に最適。ひのきとはまた違ったフルーティーな香りは、おふろに入る皆様に、おつかれさまを届けてくれます。

「丸太から仕入れ、桶職人自身が薪を割っています

自然の素材である木の状態を知って仕事するのと知らずに仕事をするのでは、まったく異なるものになる。例えば板、柱になってる状態で木を仕入れると、自然の状態から省かれたものがある状態で作り始めることになる。この木は捻って、回転しながら育つ木だなとか、この木は日の当たり具合でこの部分が育ってないなとかに気を払いながら桶を組んでいくわけです。ここはうちのこだわりの一つかな。腐りやすい部分が入りにくく、一番水に強い状態でつくっていると自信をもっていえますね。」

丸太から、ひとつひとつ、手で割ります。

永久に使える桶

中川木工芸の桶は、縁の木目が中央に向かうように伸びていて、なんだか心がととのう感じがします。

木目がきれいに揃ってます

「そう、木は150-2000年は生きているからね。そこに対してのリスペクトがないと、無駄な使い方をしてしまう。木端でもたいせつにつかった先に、真ん中に向かうコスモスがそこにあるのだと思います。」

桶は1,2年で入れ替える銭湯さんが多いのですが、中川木工芸の桶を使う旅館さんなどは、20年ほど使用してもらっているそうです。中川さんは続けます。

「タガを外してパーツをばらばらにして、順番に傷んだパーツを変えていく。そうやって修理修繕することを最初から前提にしているので、原理的には永久に使い続けられるんです。人間の細胞も生きてる限り毎日死んでいくけど、変わらずにその人はその人ですよね。」

桶ってこうなってるんですね

日常の中の文化たち

中川さんは、これから桶づくりをどのように続けていきたいと考えていらっしゃるのでしょうか?

「高級な桶、汎用的な桶が、それぞれのボリュームがあってはじめて成立するものです。たとえば、スーパー銭湯が若者が銭湯に興味を持つきっかけになるかもしれないしね。安い桶の良さには安い桶の良さもある。毎年交換する桶、20年続く桶、というグラデーションを持つ多様な商品がありはじめて「文化」は守られると僕は思います。」

工房だけでなく産業全体が続くために、ハレの日だけでなく、ケの日にも自然に使われる文化をつくっていきたい。銭湯もそうやって続けていきたいからこそ、一緒に協力しながら、日常に根付いた文化を残していければと思っております。日常の場所であるお風呂で、よいものを使っていただくこと。これこそが、今小杉湯原宿が考える、おふろのまわりの産業を一緒に沸かしていく取り組みです。

小杉湯原宿への桶の導入にあたっても、地域の皆さまと一緒に桶づくりのワークショップを行いました。これからまちの銭湯でつかわれる桶の作られ方を、まちの皆さまと一緒に知ることができました。

自分で作った桶を持って、ハイチーズ!

皆さんは、「風が吹けば、桶屋がもうかる」という言葉を知っていますか?思いもかけぬところに影響が出てくるというたとえとして使われるこの言葉。じつは、こんなに多くの因果関係で、桶屋がもうかるようになっていたのです。

こんな因果関係だったの・・・?

大阪府泉州のタオル。
愛媛県今治市のバスタオル。
熊本県八代市の畳。
大阪府和泉市のカーペット。
東京都檜原村の机と椅子。

小杉湯原宿・ハラカドでは、これからもたくさんの文化の皆さまとご一緒させていただく予定としています。

ものづくりには想いが必要です。しかしながら、それだけでは、残りません。それを日々使い続ける人がいて、人を動かし続けてはじめてそれは文化になる。そんな「よいもの」を残せる風が吹き続ける場に、ハラカドをしていけたらと思っております。ぜひ、おふろでほっと一息ついた後は、ひとつひとつの「こだわりのもの」たちに光るこだわりを、見つけてもらえると幸いです。

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