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【そんな日】
「申し訳ありませんねぇ。わざわざ施設長さんにやってもらうことじゃないんだけどねぇ」
入居者がトイレの電球を替えている僕を心配そうに見上げる。
こういう時はどれだけ「大丈夫だよ」と言ったところで彼女たちの申し訳なさが消えることはない。
それでも作業する手を止めずに「大丈夫!大丈夫!」と出来るだけ明るく言う。
「よし!出来た!これで大丈夫だよ」
新しい電球がトイレ内を明かるく照らす。
入居者が手をスリスリ合わせてながら「ありがとう。ありがとう」と何度もお礼を言われる。
「何でもないよ。いつでも言ってね!」そう言って早々に部屋から立ち去る。長居するとお菓子などの貢物を大量にもらうことになるからだ。
「朝からフラフラするんだけど、血圧を測ってもらえない?」
イスに座ってもらって血圧計で測定する。上が145と表示される。
「いくつ?やだ140もあるじゃない!大丈夫かしら?」
こういう時に口でどれだけ「大丈夫」と言っても彼女たちの不安は消えない。
事務所の書庫からカルテを取り出す。記録を遡りいつかの血圧を彼女に伝える。
「ほら、この日も140台だったよ。少し高いけどしばらく様子を見ましょう」
そう言うと納得されたのか表情が明るくなり、昨日見た駅伝の話を生き生きとされる。
当たり前だが入居者は一人として同じ人間はいない。
みんなそれぞれに悩みを抱えていたり、希望も違っていたりする。
そんな入居者一人ひとりの生活を支えるのが僕らの仕事であり日常だと思う。
一緒に笑い、一緒に悩み、くだらない話をしたりして寄り添って生きていければ良いと思う。
そして願わくば最期まで一緒に…と思う。
先日、僕にとって非常に思い入れのある入居者がお亡くなりになった。
当然入居者を好き嫌いで判断していないし、誰かを贔屓したりすることもない。
それでもその人は僕にとって特別と言える人だった。
僕が施設長になって初めて入居された方だった。
もともとご夫婦で入居されたけど、昨年に奥様は亡くなられている。
奥様の葬儀にはその方と一緒に参列したけど、今回は生まれ故郷の遠方で行われるため参列しなかった。
入居されて約7年。本当にいろんなことがあった。
楽しかったことや悲しかったこと、そして苦しかったこと。
一緒に笑って泣いて生きてきた。
そのいずれもその方との大切な想い出だ。
何となくまだ実感が持てないけれど、天国で大好きだった奥様と逢えて、二人で仲良くされていれば良いなと思う。
施設の近くにある金木犀が綺麗に花を咲かせていた。
お裾分けしてもらって施設内に飾る。
爽やかな香りが漂い秋の訪れを感じさせてくれる。
今日はそんな日。
また明日からそんな日が続いていく。
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