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【ピリカ文庫】花柄
「Lを買っちゃったか、あの人TシャツだけはMなんだよね」
「はぁ…すんません」
俺は謝りながら(LもMも変わらねえだろ、クソが)と心の中で毒吐いていた。
「それにどうして花柄を選んだの?あの方いつも素朴な柄の服を着てるでしょ。これはちょっと派手じゃないかな。ちゃんと利用者のことを見てる?
まぁ今回はこれでいいわ。佐藤さんにしっかり謝っておいてね。
あと”すんません”じゃなくて”申し訳ありません”だからね」
「分かりました」
主任の山口さんの説教が終わると俺は花柄のTシャツを持って佐藤さんの部屋に向かった。
ここは介護施設『希望の家』。俺は新人ヘルパーとして3か月前から働いている。
高校を中退した俺はろくに働きもせずプラプラしていた。そんな俺を見かねた母親からこの施設を勧められた。
「私の友人がオーナーをしている介護施設なんだけど、どうやら人手が足りないみたいなの。少しの間でいいからあんた手伝ってあげてよ。お小遣い稼ぎだと思って」
母親の提案に乗るのはしゃくだったが、先立つものがないと何もできない。遊ぶ金欲しさに安易な気持ちで俺は『希望の家』の門をたたいた。
「オーナーのお知り合いの息子さんだからって遠慮はしませんからね!」
初めましての挨拶が終わるや否や山口さんは鼻息荒く俺にそう言った。
「はぁ…よろしくお願いします」
力なく返事する俺の背中を山口さんはバンバンと叩いた。ジンジンと痛む背中に不安な気持ちを感じていた。
その日から俺は、毎日山口さんから注意を受けている。
やれ掃除が雑だ、やれ洗濯物が綺麗に畳めていないとか、俺にとってはどうでもいい小言を飽きもせず毎日言ってくる。
そして今日もまたダメ出しをされた。
適当に選んだ花柄が山口さんのお気に召さなかったらしい。
ここ最近は辞めることばかり考えていた。
「この仕事は俺には向いてないんだ、もう辞めよう」毎夜、そう思いながら目をつぶっていた。
佐藤さんの部屋の扉をノックする。
中から「どうぞ」と声が聞こえる。俺は「失礼します」と言って部屋へ入った。
佐藤さんはいつものように部屋の奥にある座椅子に座って本を読んでいた。
「いらっしゃい。今日は何の用事でしたか?」
優しく俺に声をかけてくれる。
佐藤さんは80歳くらいのおばあちゃんで、先週から俺が部屋の掃除を担当している。
物静かな優しい人で度々ミスをする俺に「大丈夫だから気にしないで」と温かい声をかけてくれる。
山口さんも佐藤さんみたいに優しかったら良かったのに、そう思ったのは一度や二度ではない。
そんな佐藤さんから初めて買い物の支援を依頼されたというのに、俺ってヤツは…。
「あの、頼まれた物を買ってきました」
「ありがとう。そこに置いといてください」
このままTシャツを置いて部屋を出ようと思ったが、小言を言う山口さんの顔が頭にチラついた。
「実はTシャツのサイズを間違えてしまいました。それと…こんな柄を選んでしまいました」
俺が花柄のシャツを見せると、佐藤さんは驚いた表情をしていた。
優しい佐藤さんまで怒らせてしまった。
慌てて俺が謝ろうとした時だった。
「ありがとう!素敵な柄ですね!」
「すんま…へ?」
まさか笑顔でお礼を言われると思っていなかった俺は言葉を失った。
「私ね若い時にこういう花柄に憧れていたの。でもきっと似合わないと思って結局一度も着ることはなかったわ。
だから今日あなたが花柄のシャツをの選んでくれてとっても嬉しいです」
佐藤さんは俺からTシャツを受け取ると花柄をまじまじと見つめた。
「うん、やっぱり素敵な花柄ね。ありがとう!」
その日は仕事中も家に帰ってからも、佐藤さんの笑顔が頭から離れなかった。
喜ぶ佐藤さんのことを想うと自分も嬉しい気持ちになった。
久しぶりに”辞めよう”と思うことなく眠りにつくことができた。
それから数日経ったある日のことだった。
俺は木村さんという男性利用者の買い物を任された。
日用品と飲料が少しと、そして衣類を頼まれた。
「じゃあお願いね」
山口さんから買い物リストのメモを受け取った俺は、佐藤さんの喜んだ顔を思い出していた。
「どうかした?」
その場から動かない俺に山口さんは怪訝そうな顔を見せる。
俺は意を決して山口さんに問いかけた。
「忙しいところすんま…いや申し訳ありません。木村さんはどんな服の柄が好きですか?教えてください!」
山口さんは一瞬驚いた顔を見せた。だがすぐに真面目な顔に戻る。
「木村さんはね、寒色よりも暖色系を好まれるわね、ええとオレンジや黄色のような明るい色かな」
山口さんは真っ直ぐに俺を見つめたままハッキリとそう言った。その真剣な目に俺はどこか優しさを感じていた。
「ありがとうございます!」
俺は受け取ったメモに”明るい色”と書き足した。
「行ってらっしゃい!」
山口さんが俺の背中をバンバンと叩いた。
「行ってきます!」
背中はジンジンと痛んでいたが不思議と嫌な気持ちはしなかった。
施設を出て店へ向かう足取りは心なしか小走りになっていた。
途中、自転車で走る花柄のワンピースの女性とすれ違う。
ふと立ち止まり女性の後ろ姿を目で追った。
「佐藤さんに似合いそうだな」
そう呟いてまた小走りで店へ向かった。
おしまい
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