見出し画像

【創作】指輪の場所

「こういう職場では協調性が大切なんですよ。チームワークって言うのかな。みんなと協力してお仕事をして欲しいんですよ」

事務所の外で聞く耳を立てるおばちゃん連中に聞こえるように僕はわざと大きな声で太田さんにそう伝えた。
太田さんは表情一つ変えず黙って頷いていた。

太田さんは先月に入ったばかりの新人のパートさんだ。
面接の時から表情が固いままで全く笑わない女性だった。

「僕は”スーパー店長”じゃなくて単なるスーパーの店長ですから、変身とか期待されても無理ですからね(笑)」

そんな僕の鉄板ギャグにもニコリともせず太田さんは「はい」と小さな声で返事をするだけだった。恥ずかしくて死にたくなった。
反応が薄いことは気がかりだったが、真面目な印象と履歴書に書かれた達筆を見て採用を決めた。

30代半ばの独身女性が田舎の小さなスーパーでの地味な仕事をどこまで続けてくれるのか半信半疑だったが、太田さんはとても真面目に働いてくれた。面倒な検品や品出しの仕事も嫌な顔をするどころか、いつものように表情を変えず淡々と業務をこなしてくれた。

ただ、周囲と溶け込むことをほとんどしなかった。

昼食はスタッフルームの隅で一人黙々と食べていた。飲み会の誘いにも一切応じる事はなかった。自分の仕事を終えると他の人を手伝うことなくすぐに帰宅していた。

そんな太田さんを他のスタッフは良く思わなかった。
「一人で勝手に仕事をする」「周りを手伝おうとしない」「挨拶しても無視する」など、いちゃもんにも近い意見も交えて僕に何度も訴えてきた。

太田さんは自分の仕事を淡々と確実にこなしているだけで、周囲に迷惑なんてかけていない。間違っているのはパートのおばちゃん連中だというのはよく分かっていたが、僕のようなしがない店長は多勢の意見を跳ね返す力は無かった。


「…というわけでお願いしますね」

ひとしきり僕が話し終えると扉の向こうにいた人の気配が無くなるのが分かった。きっと満足したのだろう。

「分かりました」

太田さんは相変わらず無表情のままで淡々とそう答えるとスッと席から立ち上がった。その瞬間だった。太田さんの左手がキラリと光った気がした。
目を凝らして見ると、太田さんの指には指輪がはめられていた。
派手な装飾もなくシンプルなタイプの指輪だったが、そのはめている場所が気になった。

指輪は左手の薬指にはめられていた。

確か面接では独身だと言っていた。履歴書の配偶者の欄にも”無”に丸がされていたはずだ。
ウソをついたのか?いやそんなウソをつく意味がない。
じゃあ近々結婚することになったとか?太田さんが?いやでも有り得ない話ではない。
真意を確かめたくて僕は太田さんを呼び止めた。

「太田さんもしかして…け、結婚した!?」

「結婚?いいえしていませんよ。」

怪訝そうな顔を見せる太田さんに、僕は「それ」と薬指の指輪を指さした。

「ああ、これですか?先日気に入って買ったんです。それが何か?」

「いやだって左手の薬指だよ。結婚指輪をはめる場所でしょ。だから結婚されたのかなって」

そう僕が言うと、太田さんは一瞬ポカンとした表情になると顔をくしゃくしゃにして笑った。
よっぽどツボに入ったのか、今までに聞いたこともないような大きな声で笑った。

「あははは!薬指の指輪で私が結婚したって勘違いされたんですか?ただ一番サイズが合う指にはめていただけなのに、店長の狼狽うろたえる顔ったら!ああ、おかしい」


…なんだ、笑えるじゃん。


初めて見る太田さんの笑顔は普段の無表情とのギャップあってかとても素敵に映った。
なぜか、もっとこの笑顔を見たいと思う自分がいた。


それから2年後、彼女の薬指に僕とお揃いの指輪がはめられることをこの時の僕は知る由もなかった。


おしまい


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

春ピリカグランプリにエントリーしようと思っていてやめた創作を仕上げました。
完全に文字数オーバーしていますが、読んでくださると嬉しいです。

それではまた。
コッシー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?