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【創作】煙草

風車かざぐるまにふぅと息を吹きかけると、まるでスイッチが入ったみたいにくるくると回り出した。それと一緒に煙草タバコの香りが微かに漂った。窓際に置いてあったそれに煙草を吹きかけてはくるくると回して遊んでいたあなたの姿が目に浮かんだ。懐かしいその香りが目に染みたのかふいに涙が込み上げてくる。ここで泣くのは何だか悔しくてすぐに目尻の涙を拭った。


***

「ちょっと息を吹きかけるだけで面白いくらい回るよなコイツ」

アパートの西側にある窓がヘビースモーカーのあなたの定位置だった。どこかのお祭りでもらった風車はどっちが置いたかは覚えていないけど、いつの間にか灰皿の隣りにいた。いつも煙を吹きかけてはくるくると回る風車を見てあなたは喜んでいた。けむに巻かれる風車が何だか気の毒になった私はあなたの手から取り上げる。風車を奪われたあなたは私に向けてふうと煙を吹きかける。しかめっ面で怒る私を見て、あなたは子供のように声を出して笑っていた。


そんな意地悪なあなたが嫌いだった、でも大好きだった。

放っておくと伸び放題の無精ひげ。ごつごつした指に不釣り合いな綺麗な爪。笑うと右の頬にだけ出来るえくぼ。
全部大好きだった。私が見る世界はたくさんのあなたがくるくると回っていた。


いつだったかあなたの煙草をふざけて吸ったことがあった。
加減が分からず一気に吸い込んでしまったからか、ゴホゴホとむせて苦しかった。頭もクラクラして気分は悪くなるし、後味は最低最悪だった。
何でこんなモノ吸ってるの?と訝しむ私を見て、あなたはニヤニヤと笑みを浮かべると美味しそうに煙草を思いきり吸った。そしてゆっくりと白い息を吐き出した。
煙はゆらゆらと彷徨うと景色に染まって消えていった。


そんなあなたは煙草のように後味悪く私の前から消えていった。
私が変わってしまったのかそれともあなたが変われなかったのか、そのどちらともなのかは分からなかった。
ただ、窓際で煙草を吹かすあなたはもういなかった。
風車が煙に巻かれて回ることは、きっともうなかった。


***

くるくると回る風車の羽根を指で掴む。回転を失った風車からは煙草の香りがまだ漂っている気がした。掴んだ指を離してまたふうと息を吹きかける。あなたの面影が消えるまでずっとずっと風車を回し続けた。


おしまい


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こちらの企画に参加しています。

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#微熱を帯びる執筆会
#今回はめちゃくちゃ難しかった




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