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【創作】松竹梅

「梅の花言葉はご存知ですか?」

店のロビーのソファに座り自分の順番を待っていた俺に、同じく隣りで待つ中年の男から急に声を掛けられた。
男はニヤニヤした顔を俺に向けていたが、その顔に見覚えはなかった。

さあ、と俺はそっけなく返事をする。梅の花言葉になんて興味はなく出来るだけ速やかにこの会話を終わらせようと思った。しかし気のない返答に怯むことなく男はにたぁと顔を歪ませ頼まれてもいないのにウンチクを語り始めた。

「梅の花言葉は”上品”や”高潔”です。凛と咲きほこる姿からつけられたみたいですよ」

だからなんだと言うのだ、俺は無言で男にしかめっ面を見せる。男は構わず話を続けた。

「ほら松竹梅ってあるでしょ。ランク的には松が1番上で竹そして梅の順にランクが下がっていきます。でもね、松の花言葉は”哀れみ”で竹は”節操のある”なんですよ。おかしな話じゃないですか。上品や高潔の花言葉を持つ梅のランクが1番下なんですよ。どう考えても梅が1番上だと思いませんか」

そう言って男はくくくと笑う。男の話に少しずつ興味をそそられた俺はいつの間にか男の声に耳を傾けていた。男はどんどんと饒舌になっていった。

「そもそもなぜ松、竹、梅の順になったか知ってます?もともとは中国で寒さが厳しい真冬でも美しい花や葉を咲かせる松と竹と梅のセットが喜ばれていたらしく、冬を代表する植物としてこの3つがセットで描かれていたのです。その中でも特に梅が代表的な植物として中心に描かれていました。ところがです」

男は大きな声を出してこちらに視線を向ける。すっかり男の話を前のめりで聞いていた俺は男の目をまっすぐに見つめた。

「松竹梅の組み合わせが日本に伝えられた時、3つの植物がすぐに浸透したわけではありませんでした。まずは松が、そして次に竹が、最後に遅れて梅が伝わりました。本来は優越がついてなかった松竹梅ですが、浸透した順番でランク付けがされてしまったんですね。あくまで諸説ありますけど」

俺は男の話が良い話のタネになると思い記憶に留めた。この後で披露しようと頭の中で整理を始めたが、男の話はここで終わらなかった。

「そう言えば”松竹梅の法則”はご存知ですか?ビジネスでよく使われる手法なんですが」

いえ、と言って俺は男の話に身を乗り出した。

「一般論ですが、人は3つの金額が並んでいた時真ん中の価格を選ぶ人が多いんです。これは一番高いものは贅沢すぎるし、一番安いものを選んだとしたら失敗するかも知れないという心理が働くからです。そこで1番売り込みたい商品の価格を真ん中に設定することで買ってもらえる確率がグッと上がる、らしいです」

再び男はにたぁと笑って話を続ける。

「ほら、こんな場末の風俗店でも松竹梅の3つのコースがあるでしょう。きっと客に”竹”のコースを選ばせる魂胆なんですよ。1番安い梅コースはサービスが悪いんじゃないかと思ってしまい、1番高い松コースはそれだけスケベだと思われるんじゃないかという心理が働く。だから多くの客は無難に竹コースを選ぶんですよね。花言葉が”節操のある”の竹コースを風俗店の客が1番選ぶというのも皮肉な話ですけどね。まぁ、竹だろうとこの店に来ている時点でスケベなんですけどね」

そう言うと男は声を出して笑った。男の笑い声がロビーに響き店員が怪訝そうな顔をこちらに向けた。ひとしきり笑い終えると男は俺に尋ねた。

「ところであなたはどのコースにしたんですか?」

竹です、と即答する俺に男は納得した顔で頷く。
その直後、店から俺の名前が呼ばれた。

松コースでお待ちの越川さま。ご用意ができましたのでお部屋までどうぞ」

俺は男の顔を見ないまま急ぎ足でプレイルームへと駆け込んだ。
後ろからくくくという男の声が聞こえた、気がした。


おしまい


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こちらの企画に参加しております。

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#梅の花
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#風俗店の待合の話
#100 %フィクションですよ



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