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【創作】ゲームセット

「こりゃアキレス腱切れとるな。全治6ヵ月ってとこだな」

右足のレントゲン写真をマジマジと見て医者は遠慮なく俺に言った。

全治6ヵ月。それは1週間後に控えている最後の大会に参加できない事とイコールだった。


実感が持てないまま松葉杖をつきながら診察室を後にする。病院の長い廊下を不慣れな足取りで歩いた。隣で母親が何か言っていたが頭の中にはほとんど入ってこなかった。

「車を回してくるから出入口の前で待ってて」

一旦母親と別れて、一人俺は出入口へ向かう。


ロビーに差し掛かると暗い表情でソファに座っている二人の姿が目についた。親友のシュウヤとそして俺が今1番会いたくない男、マコトだった。

二人は俺に気が付くと立ち上がって駆け寄ってくる。

マコトは顔面蒼白で汗が滝のように流れていた。暑さのせいだけではなく、きっと自分のタックルせいで俺が病院に運びこまれたことに責任を感じているのだろう。

「どうだった?大会には間に合いそうか?」

松葉杖姿の俺に気を使うことなくストレートに聞くあたりシュウヤらしいと思った。そんな真っすぐなシュウヤを俺は嫌いじゃなかった。

「間に合うよ……来年の夏ならね(笑)」

真っ直ぐなシュウヤとは裏腹におどけて答えた。しかめっ面になるシュウヤをなだめるように俺は続けた。

「全治6ヵ月だってさ。始まる前に終わったよ俺の夏は。俺の…いや何でもない。頑張れよ」

『俺の分も』そう言いかけてやめた。そんな事を言っても意味が無い気がした。

明るく話したつもりも、シュウヤのしかめっ面は変わらなかった。シュウヤは何か言いかけたが、すぐに言葉を噤んだ。きっとかける言葉が見つからないのだろう。


「先輩!俺は…何て謝ったらいいか!」

マコトは汗と涙でグチャグチャになった顔を拭いもせずに俺を見つめる。

俺やシュウヤを1番慕っている後輩がマコトだった。

「先輩たちは俺の目標っす!」

目をキラキラさせてそう言うマコトが可愛かった。

でもさすがに今はそんな可愛い後輩に優しくできる自信がなかった。

「もういいよ。お前が謝っところで切れたアキレス腱は元には戻らないから」

意地悪な俺の言葉に可愛い後輩は唇を噛みしめて押し黙る。

「そういう言い方はないだろう!マコトだってわざとやったわけじゃないんだ!」

今日だけは真っすぐなシュウヤの言葉が嫌だった。

マコトがわざとやったんじゃないことも、マコトを責めても仕方ないことも、そんなことくらい俺だって分かっている。

でもこのやるせない気持ちをどこにぶつけたらいいか分からなかった。


「あれ?お友達?」

車を回してきた母親から声をかけられる。

「悪い。今日は帰るわ」と歩き出した俺の腕をシュウヤが掴んだ。


「俺にはお前の足を治すことも出来ないし、諦めるななんて無責任なことも言えない。ただ……俺はお前と一緒に戦いたかった!」


そう言うとシュウヤの目から大粒の涙がこぼれた。

シュウヤの言葉に俺は自分の本当の気持ちに気が付いた。

俺は試合に出たいわけでも、大会を勝ち上がりたいわけでもなかった。俺もただ”こいつら”と一緒に戦いたかっただけだ。

俺は涙が込み上げてくるのをグッと堪える。ここで泣いてしまうと何もかも崩れて立ち直れないような気がした。

「俺もっす!!俺も先輩達と戦いたいっす!!」

マコトが幼子みたいに泣きじゃくって叫ぶ。「戦いたい」現在進行形なのがマコトらしい。

人目をはばからずワンワンと泣くマコトを見て、俺は逆に冷静になっていった

「ありがとな。お前らの気持ちは分かったよ。もう気にするな」

そう言ってシュウヤの手を外しマコトの肩をポンと叩いた。

マコトは必死で何かを俺に伝えようとしていたが涙で言葉にはなっていなかった。俺は立ち止まらず車へと乗りこむ。

「じゃあな。頑張れよ」

ここでも『俺の分も』という言葉を飲み込み、車の扉を閉めた。シュウヤもマコトも何も言わずこっちを見ていた。

動き出す車の後部座席から見えなくなるまで俺はずっと二人を見つめていた。

そんな俺に母親は言葉をかけることなく運転していた。多分俺が泣いていたからだろう。


■■■


試合当日まで俺は一歩も家を出ることなく、ずっと自分の部屋で過ごしていた。何もやる気が起きずただベッドの上でゴロゴロしていた。

試合を観に行くつもりはなかった。心配する母親に「俺が行ったら逆に気を使わせるから」と言い訳したが、本当はあいつらにどんな顔して会えばいいか分からなかっただけだ。

試合の開始時間が気にはなったが、あえて時計は見なかった。

「俺には関係ないしな」

誰に言うでもなく一人呟いたその時だった。スマホに一通のLINEが入る。

シュウヤからだった。LINEにはたった1行こう書かれていた。


【一緒に戦うから】


スマホを持つ手が震える。時計に目をやる。まだ間に合うかもしれない。

「母さん!試合会場まで連れていって!早く!」

母親は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに笑顔になりキーを持って立ち上がった。


会場に着くなり車から飛び出して松葉杖をつきながら不格好に走った。松葉杖に慣れていないせいか上手く走れない。

俺は松葉杖を放り投げ右足を引きずりながら走った。グランドにつくと選手たちがちょうどピッチへ向かうところだった。

シュウヤとマコトを見つけ俺は力いっぱい叫んだ。


「俺の!俺の分も頼むぞ!!」


ピッチへ向かおうとしていたシュウヤとマコトは俺の声に気が付き踵を返す。

シュウヤは右の人差し指を俺に向けて、ジッと俺を見つめたまま小さく頷く。そして右手を握り自分の左胸の辺りをトントンと2回叩いた。

それを見たマコトは目に涙を溜めてユニフォームの左胸を右手で掴みウンウンと何度も頷いていた。

そして二人はピッチへ走っていった。


二人の後ろ姿を見て俺は胸が熱くなるのを感じた。

まるで自分の魂が二人に宿り自分もピッチに立っているような感覚だった。

センターサークルにボールが置かれる。主審がチラリと腕時計を見て笛を咥える。

キックオフのホイッスルが高らかに鳴り響いた。

シュウヤとマコトたちの夏が…いや俺たちの最後の夏が始まろうとしていた。


おしまい

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