埃と永鋼の街のタイガー

コーラを入れると、脳にハイオクがぶちこまれた。
誰かのうめき声。自分の物だと気づくのに三秒。
目を閉じて上を向く。大きく息を吸い、大きく吐く。フィルタがかかって高揚感だけが残る。
目を開ける。カウンターに置かれた自分の腕、袖をまくれば青紫の注射痕だらけ。
顔を上げる。ずらりと棚に並んだ酒瓶。視線をずらせばマスターの呆れた目。
『アース&ファイヤー』の出入り口ではストリートサムライ達がたむろしては、下らない話題でくだを巻いている。腰にはナンブや高周波マチェーテ。一人と目が合った。が、すぐにそらされる。
恐れの混じった目。見慣れたそれを眺めると、無性に喉が渇く。
「ウォトカをくれ」
マスターは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「クズめ。出すもん出してからにしろ」
「ほら」
ポケットから硬貨を適当に握ってカウンターに放る。何回かバウンドして、くるくると踊ってから、表を見せる。
トランプ大統領のしかめ面。あの戦争から何年?思い出そうとすると頭がぼんやりとする。誰でも、嫌でも知ってる事なのに。
目の前にグラスが置かれ、透明な液体が注がれていく。
「言っておくがな」
マスターが顔を近づける。苦難が刻まれた深い皺に、肉厚の刃物のような睨み。
「俺はお前なぞ怖くない。お前の散弾銃も」
「いちいち言うなよ」
ウォトカを一気に流し込む。マスターは俺を睨みながら顔を離す。
カラン、とドアベルを鳴らして誰かが入ってきた。ストリートサムライ達の息を呑む音で、女だとわかる。
目を向ける。白い女だった。胸元を大きく開けた白いコート。クリニックの匂いがしない白い肌、青い目。
迷うことなくこちらに向かってくると、女は俺の横に腰かけた。シャネルの匂い。
「あなたがタイガー?」
「まあな」
「ビズを頼みたいの。前金で」
「ここを出よう。ハイエナだらけだ」
ストリートサムライの盛りのついた顔。今に飛び掛かってきそうだ。
女を見れば、ワザとらしいとぼけ顔。テストってことか。

【続く】
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