見出し画像

まだ遅くない!美しい人生を楽しむ  〜そのきっかけは〜

一病息災、「死ぬかも?」の経験をどう活かすか。

言葉のとおり、一度の大病で気をつけるようになることで、
その後はなんとか健康に過ごせれば…きっと長生き(笑)と簡単に言えばそういうことでしょう。

かく言う私も企業でバリバリ働いていた55歳までとそれ以降では大きく心境の変化がありました。

随分と働きました、そしてその間、高血圧、高脂血症、糖尿病とメタボの3冠王を2度も達成してしまいました。この「2度も」というのがミソで1度目は克服しているのです。ちょっとした知識や経験と努力を注ぎ込めば、その方法は理に適っており短期に結果はついて来ることも学びました。

そして今、2度目後のチャレンジ中!

はっきりしているのは、「全く学習していないな!」で、1度目は乗り越えたと思いきや、その後、自由気ままに好きなものを食べ、酒を制限なく楽しむなんていうことをやってしまい、必然的に2度目が訪れたのです。

忙しさ、仕事とかまけて好き勝手、悪さの継続こそ!という見本みたいなヤツ・・・挙句の果てに脳血管がブチギレて脳卒中で倒れたわけです。

油断大敵、残念ながら快楽行動と身体は反比例するのですよ。

また、三冠を取ると「老ける」ことも副作用として経験しました。単に細胞たちが活性酸素を大量に産んで老化を加速化させるだけでなく、細胞たちの命を縮めているからです。

脳卒中からの生還率はわずか2割

脳卒中患者のうち2割が死亡、6割が何らかの麻痺や障害を抱えるという。寝たきりだってその中に含まれる、車椅子や杖や足を引きずる人を街中で見かけますがリハビリの道は険しい。リハビリ経験したから言えます。残りの2割がなんとか元通り近くに(?)復活できる狭き門をくぐり抜けることに成功できたことに感謝しなければなりません。

ちょうどコロナの端境期でICU(集中治療室)にもすんなりと入れたのも幸運でした。波が来ている時だったらと想像するとゾッとします。

集中治療室のベッドの中で「この先、私はどうなるんだろう。」と不安に駆られました。点滴スタンドを引きづりながら少し歩けるようになって、病院備え付けの本を見つけ端から読み、自分は完全復活の2割に入れるのだということがおぼろげに分かりました。

「よ〜し、一週間で退院してやろう!」と思い、その旨を主治医に申し出ましたが、「アホか!」と一蹴、家族も不安要素満載の厄介者の帰宅に大反対。しかも退院してもクルマも自転車も運転してはダメ、つまり家で「おとなしくしてなさい」ということなので諦めました。

もう1週間リハビリ期間を伸ばし退院後も継続してリハビリを続ける方法を探りました。

拾った命は何に使おうか?

また、大袈裟とお思いでしょうが、いるかもしれない「神」にも感謝しましたよ。

「お前はまだ死ぬな、やれることがあるだろ。」とでも言ってもらえたのかと都合よく捉えました。もちろん生死の皮1枚つながったのは事実。

お世話になった女神様

そして担当医師にも言われました。「もうちょっと内側で出血だったら車椅子だったかもよ」って。

運と呼ぶのか、神様の御示しと言うのかわかりません。道端歩いていて突っ込んできた車に轢かれて死ぬことさえニュースで見ますし、他人事ではなく、自分に明日にでも降りかかってくるかもしれない災厄だってあります。

確かにこの歳になってくると残りの人生を考えるようになります。「命のろうそく」は確実に短くなっている。風に吹き消されてしまうことだってある、まだまだ「ろうそくは残っている」のだから、悔いのない、もっと楽しい残りの人生をちゃんと考えないともったいないと思います。

安倍元首相の「美しい国」ではないですが、どうせなら「美しい人」「美しく生きる」とテーマにしたのはこんな背景です。

20%確率のロシアンルーレット、80%の死亡または障害者にならずに済んだのなら、そして残りの20%を大事に仕事を続けるなら、人に役立つこと、喜ばれることをしないと・・・。

これまでのようにひとりオオカミではなく、仲間と一緒に・・・自分の経験や知見をどう次の人に生かしてもらえるか。

ひとりは楽です。わがままな私としては誰に気を遣うわけでもなく、自分のペースで生活費を稼ぐのさえ除けば。いわばストレスフリー。(一旦、コンサル業務でクライアントに入り込んだら、もちろんそういうわけにはいきませんが)

しかし、ひとりには限界があることも学んだからです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?