中洲大洋映画館

中洲大洋映画館は、今日をもって閉館する。
高校生らへんからこの映画館には頻繁に通っている。
28日には東京に戻らなきゃいけなかったので、その前日の27日に最後の映画を見ることにした。
ニューシネマパラダイス。
何度も見た名作を大洋映画館最後の日に見ることがどれだけの意味を持っているか。きっと同じ考えの人が多かったのかほぼ満席だった。
この後の展開もセリフも、なにもかも分かってるんだけどだからこそ泣けるシーンが多すぎて正直情けないほどボロボロ泣いた。私はあんまり人に泣き顔を見られたくない。しかしかなりの泣き上戸。しかしあんまり見られたく無い。しかし泣き虫。しかし誰にも…結果的にめちゃくそに泣いたのは言うまでもないんだけど、マズいのが「最後の大洋映画館」である前提があまりにもデカすぎてあんまり泣かねぇだろってシーンでもバカスカ泣いて、あんまり鼻をすすったり涙を拭うそぶりを見せると泣きバレするので基本的に垂れ流しで、顔が痒いんですよっていうマイムでステルス涙拭きをしていた。もっと素直に生きたいところ。終戦からすぐにできた大洋は今までどれだけの人々にエンタメを提供してきたのだろうか。うちのばあちゃんもじいちゃんも多分行ってると思うし、両親もデートとかしちゃってるからね。ちなバックトゥザフーチャーね。

大洋にはありとあらゆる思い出がある。その数々を思い出して建物を見上げたら、まじで泣きそうになったから下を向いて歩いた。坂本九には悪いけど涙がこぼれそうな時は下を向くスタイルなんだウチは。美しい思い出の一部は以下参照。

夏に友達とパルプフィクションを見に行って劇中睡眠体験を共有した。お互い銃声のたびにユル起きして「あぁ…」みたいな。間抜けすぎかわいすぎ。映画終わって感想を言うにも断片的すぎて何も言えないし、そもそもあの映画なんだ?みたいな。なんやねん、って言いながら中川沿いを歩いた。パルプフィクションを見るのは3回目だった。 うち実は見るの3回目 って言ったら あっそ って言われた。こいつと来たことも、大洋も、睡眠も、なにもかもがこの映画を見るのに真っ当なことだと思えた。今振り返っても真面目に見たと言って差し支えない鑑賞態度だったと思う。パルプフィクションの正解に辿り着いた日だった。

何年か前に好きになっちゃたのが映画好きのパソコン部。パソコン部からもハブられるような弱小パソコン部。弱パソ。ベースがじょうずなロン毛、ジャコパスではない。共通の話題が映画しかなかった。変な奴だったから連絡先を交換するにもなかなかのハードルがあってどうしたらこの人と会えるだろうと思ってとりあえずその年の春、大洋に通い詰めて偶然を待ったりした。彼が好きなジャンルの映画を我慢して見た(通称 我慢の春)頑張って通ったけどついに会えなかった。ほんと、こういうのって映画みたいにうまくはいかない。今回も上映前にもしかしたら彼が居たりして、と思ってキョロキョロしたけど。無駄キョロキョロ。無駄キョロちゃん。あ、そういえばおやじが昨日銀のエンゼル5個コンプリートしたらしい。家族ライン小盛り上がり。実家にはすでにキョロちゃんが3体居る。ちょっと恥ずいからキョロ締めごめん。

友達を誘ってめちゃつまらん新作アメリカンホラー見に行ったこともあった。奴のぶんの鑑賞券は貯まったスタンプカードで奢った。映画を見ることは急遽決めたのでこれから何を見るのかも大して知らないまま見たけど清々しいほどの大コケ。くっそつまらんかったのは言うまでもなく、おもしろくさせようとする演出がもれなくスベリコケ倒し、つまらなさを増強していた。あまりにもつまらないので、帰りに寄ったミスドで つまらなかったよね? と丁寧に確認しあった。高校の文化祭で作ったクラスの出しもの「校歌のPV」のほうがだんちでおもろいよなってことで近年稀に見る大スベリ体験も大洋でのできごとだった。

ちょいまだ書き途中だけど今日中にあげたいの。

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