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夢中さ、君に

右を見ても左を見ても慌ただしい人の群れ。慌ただしいのに光る画面に夢中で暇を潰してる。きっとわたしは彼に嫌われていると言わないまでも、彼の中で評価は低い。気に食わないのは接していてわかる。ハッタリだと薄々勘づいているのかもしれないし、ハッタリ感になんか騙されてる感にモヤモヤしてるのかもしれない。申し訳ないが、私は存在自体がハッタリなので、そこを不快に思われたなら、私の存在が気に入らないことになるわけで、それを滅却することは残念ながらできないばかりか、肉体は質量を伴ってしまうので、どんなに痩せぎすの47kgのひょろ助でも、空間を占めてしまうことに、非常に申し訳無さを覚えつつも、営業ができるからって、仕事ができるからって、自分より見劣ると評した人間のことを見下すというのは、とても視野狭窄と言わざるを得ないと言いますか、虐げていい理由にはならないといいますか、口の旨さで仕事を捌けるからといって、ヒエラルキーの上位であるかのような立ち居振る舞いは、まったくの見当違いでして。いうなれば、毎日の食事を外食かコンビニ飯で済ませるというのは、それすなわち命を軽視しているという見方もできるわけであって、命というのはもちろん自分の生命のことであって、食うために働く、というのは労働をする際によく使われる言葉ではあれど、その「食う」が、単なる「胃に入れる」になると、転倒してると言わざるを得ないといいますか、ようするに私は彼に喧嘩を挑んでもいい、喧嘩したろか、と思っているというか、そのせいで己の身の破滅を招くとしても、己をコケにされるくらいなら、その代償として職を失うとしても、もうやめたはずの自分を蔑ろにする生き方の矜持を守れるのなら、投げ売っても構わんと思う。という低次元な思考に持ってかれるこの時間の無駄さよ。おれは彼が嫌いだとおもう。仕事できたって、人間関係に気を使えないの致命傷だと思う。仕事はなにも能力だけの話じゃない。人と人との疎通を円滑にするということも含まれてる。それが仕事の能力もないくせにそっちの比重高めに見えることが気に食わんらしい。そして、まじでジョークおもんなくて、愛想笑いもできないほど顔が引きつるからやめて笑笑ユーモアセンスに嫉妬してんのか?あーまじでくだらん

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