臨採日記【垓下の歌】

葉月十日ばかり、項籍の垓下の歌を吟ず。

これ兮(ケイ)の字をいつつ持つに
やまとにては置き字なりとして歌はず。

歌はずと言へど此れ楚心あり。

ぐるりに敵兵ばかりなるを
楚の歌にて囃されたりしかば
かの戦上手も里心の芽生へるにや。

さりとて、勇士、
壮烈たる武将なる項羽をして
垓下の歌、甚だ情けなくとぞ覚えし。

うろたへたるを狼狽と言ふなるも
その遠吠へいかばかりなるにや。

力は山を抜き、気は世を蓋ひたるに
時は利あらずして騅の逝かざるなり。
騅の逝かざる、いかんせん。
虞よ虞、汝を、いかにせん。

鼻で一笑するも可なる内容なれど、
ここに楚の韻律のあるを知るに
情の切々たる揺らぎをこそ感じめ。

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