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かきくらべ ライブ版用に書いた掌編小説2021.3


塩風

 えーんえーん。帰りたいのに帰れないよー。お家に入れなーい。
 私は自分の家に入ることができない。
 昨日から我が家の玄関前で足止めを食らっているのだ。仕方がないので、近所の公園でブランコに揺られながら、一夜を過ごしたのだった。 
 昨夜はブランコ越しに一般人の何組か、そして夜回りの警察官一組が公園の前を通りかかった。彼ら彼女らは私の姿を認めた。明らかに私と目が合った。私は話しかけてくれる事を期待したのだ。だってどう見ても不審者でしょう?夜中に一人でブランコに揺られながら、ぶつくさ言ってる美女なんて。特に警察官は職務質問をしてくるに違いない。そして、私を何らかの形で保護してくれるはずだ。
 ところが、である。一般人も警察官も、足早に素通りして行ったのだった。何か、私という存在に関わるのが、身に危険を及ぼすとばかりに、露骨にそそくさと立ち去ったのである。一般人はともかく、警察官がそれで良いのか。公務の放棄ではないのか。さっさと公務執行しろよ、この役立たずの税金泥棒め。
 ・・・落ち着こう。国家権力の手先をいくら罵っても、私が自宅に入れる事はなさそうだ。
 私の住む町は、塩風が吹く。海水が結晶化した塩そのものが風に乗って町中を吹き渡るのだ。遠目には吹雪に見えるだろう。その吹雪の真っ只中に身を置けばわかる。吹き流れているのは雪じゃない。塩だ。日がな一日塩風に当たってごらんなさい、ヒトの塩干しが即席で出来上がる。
 我が町では、ここひと月の間に、塩風がもたらした結晶を集めて盛り塩にすることが、唐突に流行りだした。家の台所、居間から玄関先に至るまで。
 我が家でも、ミーハーな両親がさして深く考えもせず流行に乗っかり、玄関先で盛り塩をしたのだった。しかも、ご丁寧に、右と左の両側に盛り付けやがった。いわゆる結界張りである。
 昨日お昼過ぎ、帰宅する私が玄関に入ろうとした時、足を踏み入れることができなくなったのだ。この結界のせいで。見えないガラスに進路を遮られるように。
 夕方近くまで玄関先で立ちあぐねていた我が身が不憫だ。家中に声をかけても反応がない。外からでは聞こえないのだろう。携帯電話を持たない私は、その場から最も近い公衆電話を使って、家に電話をした。通じない。着信拒否だ。そういえば不審電話防止に、非通知番号や公衆電話からの着信は拒否の設定にしてあるのだ、あの阿呆親どもは。
 
 そんなこんなで、公園のブランコにて一夜を過ごした私は、とりあえず、在籍する大学へ通学した。聴くべき講義が終わり、大学を後にすると、私の足はへめえれゑに向かった。シェルターに駆け込む避難民の如く、心が先走る。
 へめえれゑの店先に辿り着いた私の目に飛び込んできたのは、入り口の両端に盛り付けられた、塩の山だった。
 リョオコ、お前もか。
 結界を前に立ちすくんでいる私を見たのか、店内からリョオコさんが出てきた。
 「あら、何してるの?入りなさいよ」
 意を決して足を結界に向ける。私が結界に阻まれる事をリョオコさんに可視化して、納得してもらう為にだ。
 あれ?足が着いた。結界の中に足を踏み入れてしまった。私は結界を突破したのだった。
 「どうしたの?悪事がバレたみたいな顔して」
 呆然とする私に、リョオコさんは『お前が言うな』という比喩を用いて尋ねる。
 「あ、いえ、あの、ええと」店内に入りながら言葉を探す。
 「盛り塩・・・リョオコさんもしてるんですね」
 「え?ああ、そうよ。私、ミーハーだから、流行り物にはすぐに飛びつくのよ」ふふふと小笑いしながら、リョオコさんはいけしゃあしゃあと抜かした。
 「散乱した塩をかき集めるのが面倒くさいから、化学調味料を盛り付けといたけどね」
 それか!本当の塩を使っていない、フェイク盛り塩。  
 偽物だから、結界は張られていなかったのだ。
 ちなみに、化学調味料という呼び名はやめて、旨味調味料と呼んでほしい、とメーカーは主張しているらしい。
 へめえれゑの電話を借りて、自宅にイタ電、いや、連絡をする。玄関先の結界を解いてもらう為に。夕方には、私は晴れて自宅の人になっているだろう。

 結界は、魔を祓う。魔を撥ね付ける。

 数日後、ヘめえれゑに向った。店先でリョオコさんが立ちあぐんでいた。
 「どうしたんですか?」
 「困ったわ。お店に入れないの」
 「は?」
 「不思議なんだけど、入り口から向こうに行けないの」
 なんだそれ。
 後ろから、誰かの声がかかる。
 「リョオコさ〜ん、さっきあげた塩、盛ってくれたのねえ。今朝かき集めた塩をさっそく使ってもらえて嬉しいわ」
 本物の盛り塩をしたのか。だから、めでたく結界が張られたというわけだ。
 結界は、魔を撥ね付ける。だもんね。

(2021年3月29日開催 かきくらべ ライブ版 の背信 より)

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