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青春の香り

いつまでも爽やかな香りのする子ども達。靴が臭いとかそういうのとは無縁の子ども達。いいなあ、と思っていたらその日は突然来た。

朝、起こしに行ったら部屋が汗臭い。学校から帰ってきたらえも言われぬ香りがする。玄関がもわーっと匂う。ああ、ついに子ども達も青春の香りがするようになってしまった。

アメリカ人は自分の匂いをとても気にする。私が下宿していたスミス家ではしょっちゅう誰かがシャワーをしていた。職場の小学校にも小さいシャワーがあった。大学へ剣道の指導に行くと体育授業の後もクラブ活動の後も学生はシャワールームへ行く。夏だと近くの川に泳ぎに行ったりする。スーパーにはずらっと制汗剤やデオドラントソープが並んでいて、みんなこんなに気を使っているんだなあと驚いた。おかげで職場はもちろん中学も高校も大学も汗臭い人に会ったことがなかった。きっとスメハラなんて言葉もないんだろうと思う。

いつだったか東京のホテルに泊まった時、懐かしいボディーソープの匂いがした。空港や外国人の友達に会った時に嗅ぐ匂い。スミスの家の匂い。ブランド名も思い出せないのでAmazonで買うこともできないけれど、アメリカのスーパーに行ってボトルを見たらすぐ分かるはずだ。デザインが変わっていなければ良いな、と思うあの匂いがちょっと恋しい。

匂いはいろんな記憶を呼び起こす。特にアメリカ時代の思い出の多くは匂いとつながっている。畑と森に囲まれた家に住んでいたので藁の匂いは落ち着く。ピーナツバターとチョコレートは職場の同僚としゃべる時の香り。洗濯洗剤はアメリカで初めて見た大きな洗濯機と乾燥機のことを思い出す。靴まで洗濯しているのを見て自分の服を洗濯するのをためらった気持ちまでよみがえる匂いだ。初めてオペラを観に行った時、迎えに来た男の子からもらった小さなコサージュは蘭の匂いだった。幕間に飲んだブドウジュースの匂いは多分ミニッツメイドだ。色気はないけど良い気分だった。クリスマスツリーの匂いは年末年始の匂い。冬の家の匂いはもみの木と暖炉の火の周りの匂いが定番だ。

忘れちゃならないのがシナモンロールの匂い。アメリカの空港に着いたら探してしまう匂い。ショッピングモールに行くと必ずどこからか漂ってくる匂い。シナモンロールの匂いは私を一気にアメリカへ引き戻す。毎日でも食べたい、いや枕元に置いて寝たいぐらい大好きな香り。私のシナモンロール好きは職場のみんなもよく知っていたからちょっと大変な仕事の後にごほうびに用意してくれることがあった。楽しい記憶とシナモンロールの匂いはずっと直結している。そこにコーヒーがつけば完璧なアメリカの日常の匂い。

子ども達の青春の香りは日本の生活をしっかり感じさせる匂いだ。それに引き換えアメリカを思い出す匂いはどんどん薄れてしまう。寂しいけれど、日本で根を下ろして暮らす、と決めたからには青春の匂いと付き合っていかなくちゃならない。が、できれば青春の匂いを消し去りたいと思っている私。今日もあれこれと洗剤や消臭関連の商品を探すためにドラッグストアでじっくり棚を見つめる私なのだ。

では、また。ごきげんよう。