トーマスよ、大体でいいんだよ

今年の夏からジュニアオーケストラの仲間とともに町の文化施設で行われる子どもの表彰式のBGMを演奏している。

幕が開いた時に流れるお馴染みの曲と表彰状と言うと流れるこれまたお馴染みの曲、そして今月のお祝いの一曲を演奏するのだ。

今月はその文化施設で機関車トーマスの展覧会をやっているので機関車トーマスのテーマ曲をやることになった。が、楽譜が手に入らない。さてどうしたものか、と思っていたら表彰式の4日前に先生が「ないので作りました!」と笑顔でそれぞれのパートに手作りの楽譜を渡してくれた。「さすが先生だ」とみんなで感心しきり。そして、「あと4日だね」「みんなで合わせて弾けるのって今日と当日の朝だけだよね」と苦笑いしたのだった。

しかし、思えばこのオーケストラはこんな調子である。世間ではこれを無茶振りだというだろうが私たちはもう慣れてしまったので「まずいなあできるかなあ」と笑うだけだ。今回も初見で音を合わせて大体こんな感じ、と掴んだらあとは当日ねーという具合だ。

「じゃ、ちょっとやってみましょうか」と先生が言うとみんなで合わせるのだが、初見で弾く時の我が子たちを見ているとガタガタ。楽譜を読むのが苦手な子達なのでものすごく不機嫌そうである。特に娘はうちに帰ってからYouTubeで動画を探して聴き込むのだが「もう無理」と必ず言う。もう無理、が出たらどんな励ましも慰めも無意味なのでとことん不機嫌になってもらうことにしよう、と最近決めた。

しかし、ふてくされつつずーっと曲を聴いているので覚えてしまえば機嫌が治り、鼻歌で歌えるぐらいになったら大体バイオリンで弾けるようになっている。最終的にはなんとかなって本番に臨むのだ。

それを証拠に本番前夜、娘はより自然に歌えるようになるためにトーマスの主題歌「Big World! Big Adventures!」を多分30回は聴いていた。歌詞をうまく歌えるようになってもバイオリンには全く関係ないのだが、これが彼女のアプローチの仕方なのでとやかく言わない。これも最近決めた。


高校一年の時の担任の一言が忘れられない。

「草引きというのは狭い範囲を草一本ない状態にしてもちっとも感謝されない。広い範囲を大体草のないようにしておくのがいいんだ。どっちが褒められるか、認められるか、と言ったら大体の方だ」

学校でそれまでの先生達からは何かにつけコツコツ丁寧にと言われ続けていた私はびっくりした。先生の癖にそんなことを言うのか、と。

でも大人になったらよく分かる。小さい範囲の完璧も大事だが、世の中は全体を見た時に大体できてるな、ぐらいでいいってことが往々にしてある。

オーケストラも同じだ。全部完璧に弾けるに越したことはないが、突っ込みどころが満載でもまずは全体的にいい感じに弾けるようにする方がいい。あとはダメ出しを受けてまずいところはどんどん潰していけばいいのだから。

あの先生、今どうしていらっしゃるんだろうか。風変わりで好きな先生だったが一年で転勤になったのであれっきりだ。当時の私は草引きの話に感動したわけではなかったけれど、何故だかずっと心に残っていた。いい先生だったな。

では、また。ごきげんよう。