ベーリング海がみたいだけ。
夜が怖くなってベッドから飛び起きた。
テントの外を熊が闊歩しているかもしれない緊張感を、何かあっても助けてくれる人がいない不安を、ユーコンの原野で1人で寝ている時の恐怖を思い出したからだ。
昨年、ユーコン川の源流から河口までの3200kmまでを目指し、半分のところで断念した。海までは1600kmが残された。僕がベッドで不安に襲われたのは「残りをやるのは来年かな」などと考え始めた頃だった。
「旅って、そんなに辛くなくちゃいけないの?」
と、友人が言う。
「雨でびしょ濡れのキャンプは心から寒い」だの「ユーコン、本当はちょっと行きたくないんあよなあ」なんてことを僕が言いまくるから、不思議に思ったのだと思う。
僕にはうまく答えることができない。「でもやるんだよ」としか言いようがない。
「でもやるんだよ」
ありきたりなこの言葉だが、かつて漫画家・根本敬が「因果鉄道の旅」で使って、多くの人に影響を与えたらしい。
例えばこんな作品に出てくる。
なんでもできるんだなあ。やだな。でもやるんだよ。
-でんぱ組.inc「おやすみポラリスさよならパラレルワールド」(作詞:浅野いにお)
無駄なことだと思いながらもそれでもやるのよ。意味がないさと言われながらもそれでも歌うの。
-星野源「日常」
ユーコンの旅は日常から大きく離れた非日常だけれど、星野源が続けるその一節にはどこか通じるエッセンスがある。
理由などいらない。少しだけ大事なものがあればそれだけで。
ユーコンを海まで下るなんて、年に何人かは成し遂げることだ。だから冒険的な価値なんてこれっぽっちもない。
でも、理由は僕の中にあって、海までたどり着いたところに、それまで見えていなかった何かが見えるのではないかと思うのだ。そんなあやふやでふわふわした物を見つけるために、辛い旅に出かけるのです。
そんなわけで2020年の6〜7月に照準を合わせて、細々と準備を始めた。
準備といっても、必要な道具は想像がつくし、情報もある程度そろっているので、実際のところ必要なのは決断をすることだけだったのだのだけど。