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『1983年のディスカバリー』text版

先にアップした漫画版の付随テキストです。漫画も本稿もドラマ「ハイポジ」のオフィシャルブック(双葉社)に掲載されたものです。

 80年代初頭の男子中学生はどんな音楽を聴いていたのか? ズバリ歌謡曲だ。音楽情報のほとんどは「ザ・ベストテン」に集約。たのきんトリオや松田聖子、花の82年組(中森明菜、キョンキョン)といったアイドル、オフコースやチューリップ、ユーミンといったニューミュージック、ロックバンドはせいぜいサザン、ゴダイゴ、クリスタルキング、横浜銀蠅どまり。

 一方、81年に「ベストヒットUSA」が始まったことでMTV文化が流入。ちょっと背伸びをした同級生が洋楽を聴き始めたのもこのころだ。かくいう私、コロスケもそのひとり。時はニューロマンティック全盛期。デュランデュラン、カルチャークラブ、カジャグーグーなど、日本の歌謡曲やロックバンドとは一線を画すキラキラしたゴージャスなサウンドとミュージックビデオがそこにはあふれていた。もちろんマイケル・ジャクソンというキング・オブ・ポップの存在もバカでかい。

 当時はビデオデッキを持っていなかったので、土曜日の深夜はテレビの前で正座して小林克也の解説を拝聴したものだ。「ベストヒットUSA」以外の洋楽情報収集は主にラジオ。土曜14時からFM東京で放送されていた洋楽番組「ダイヤトーン・ポップスベストテン」は欠かさずエアチェックし、ラジカセで繰り返し聴いた。

 小遣いが月1000円だったので、3000円前後のレコードは高くて買えず。月に1、2枚レンタルするのが精一杯。もう少しお金があれば「ロッキング・オン」や「ミュージックライフ」といった音楽雑誌を買ってディープな洋楽ファンになることも可能だったとは思うが、こちらも高くて手が出なかった。いや、今思えば「ロッキング・オン」は定価300円前後だったのでさほど高くもないのだが、それ以上に買わなければならない雑誌があったのだ。

――「少年ジャンプ」である。

 当時の男子中学生にとって、ジャンプは生活の一部。『キン肉マン』『Dr.スランプ』『キャプテン翼』『キャッツ・アイ』『よろしくメカドック』『ハイスクール奇面組』『こち亀』……。なんなの、このイカつい布陣? 1983年に男子中学生をやっていたら、ジャンプを読まないことには友人との会話が成立しないことが、おわかりいただけるだろう。

 そんな豪華連載陣の一角を担っていたのが江口寿史の『ストップ!! ひばりくん!』。今でいう女装子をヒロインに据えたハチャメチャなラブコメである。女の子を可愛く描くことに命をかけていた先ちゃん(江口)のタッチが、完成の域に達した代表作だ。83年にアニメ化も果たして爆発的な人気を誇った本作だが、筆者は前作の『ひのまる劇場』のほうが毒っけが強くて好きだった。

 なにより先ちゃんの趣味性が全開なのがいい。象徴的なのが第1話。いきなり部屋中に散乱するレコードジャケット(トーキング・ヘッズの「リメイン・イン・ライト」等)から始まるのだ。でもってサングラスをかけた青年が起き抜けにロバート・パーマーの「クルーズ」をかけて踊り狂うという、小・中学生を対象にしたジャンプの連載作品とは思えぬ超シャレオツなオープニング! 今読むと死ぬほどシビれる。

 残念ながら『ひのまる劇場』は先ちゃんの投げっぱなしジャーマンが炸裂。そのため2巻はページ数が足りず、穴埋めに音楽誌「JAM」に掲載されたレコード評が収録された。これが駆け出し洋楽ファンには重宝した。かくして『ひのまる劇場』2巻を携え、レンタル屋でレコードを漁ることに。DEVOの「欲望心理学」を知ったのは先ちゃんのおかげであり、今でも愛聴盤だ。


 江口作品以外では鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』や佐藤宏之『気分はグルービー』、多田かおる『愛してナイト』からも、その後の音楽人生に多大な影響を受けた。令和にあふれる音楽情報を10とすれば、0・2くらいだった昭和終盤。新しい音楽体験への扉を開くディスカバリーは、漫画の中にも散りばめられていたのだ。

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