手紙〜拝啓五十二の兄へ〜

拝啓、この手紙読んでるあなたは、天国で元気にしていますか?

あなたが亡くなって早いもので、もう10年が経ちますね。暴力団から足を洗い、暴走族時代の友達を頼りに、田舎に引っ込んで5年、あなたの人生が、まさか42歳の若さで幕を閉じるとは思いもよりませんでした。

職場の人達と釣りに行き、暑がりなあなたは、まだ5月だというのに一人だけ川に飛び込み、泳いでいました。しかしそのまま流されてしまうなんて。。

あなたが亡くなった後、大変だったんですよ。身体に刺青の入った男が川に流されたということで、事故ではなく事件性も疑われて。しかし、このあっけない人生の幕の閉じ方もあなたらしい気がします。きっとあなたも俺っぽいだろう?と天国で笑っていることでしょう。

刺青で思い出したのですが、あれ程お母さんに刺青だけは入れるなと言われていたのに、あなたはそれを守らずに入れましたね。

しかも「南無妙法蓮華経」と。何で「南無妙法蓮華経」なの?と私が聞いたら、お経ならおふくろも認めてくれるだろうと、ドヤ顔で言ってましたね。その時は私も、そうかもねと曖昧な返事をしましたが、その考え、ちょっとズレてますよ。そういう問題ではないとお母さんも怒ってましたから。

私より7つ年上のあなたは私にとって、いつも反面教師の存在でした。小学生の頃、家は暴走族の溜まり場で、金髪やリーゼントのお兄さんやお姉さん達がいつも出入りをしていました。そしてシンナーを吸ってよく、ラリってましたね。家の前で改造したバイクをブンブンとふかして騒いでいたのも覚えています。近所からの苦情も多く、いつも頭を下げていたお母さんの姿を見て、人に迷惑をかけない生き方をしようと誓ったのもこの頃です。

しかし、小学生の私は楽しかった思い出もあります。世間では眉をひそめられるような不良の人達も私にはとても優しく、一緒に遊んでくれました。

そして、今思うとただのパシリなのですが、よくお菓子やジュースを近所の商店まで買いに行かされていました。その時に一つ好きなお菓子を買って良いというルールがあったのを覚えていますか?私は飽きもせず、いつもベビースターラーメンを買っていました。あなたもベビースターラーメンが好きでよく一緒に食べましたね。その時あなたが自分のベビースターラーメンを少し私に分けてくれた事があって、嬉しかったのを覚えています。私はこの時、好きな食べ物を人と分かち合う喜びを知りました。そして、この頃の経験のおかげで見た目が少し怖い人でも、見かけで人を判断しなくなりました。

しかし私も大人になっていき、あなたを恨む時期がありました。特に私が19歳の頃です。小さい頃から犬が大好きだった私の夢は警察犬の訓練士になる事でした。その為、高校3年の夏に警視庁などいくつかの都道府県の婦人警官の試験を受験しました。しかし残念ながら試験は不合格。夢を簡単に諦める事が出来なかった私は迷わず浪人をしました。しかし、私が浪人中あなたは覚醒剤中毒になってしまいました。

一緒にテレビを見ていても、テレビに出ているタレントに向かって、こいつが俺の悪口を言っていると暴れるようになり、あなたの幻聴は日増しにエスカレートしていきました。そしてどんどん廃人のようになっていきましたね。そんなあなたの姿を見かねて、お母さんは警察に通報することを決断しました。とにかくあなたが一刻も早く、廃人の状態を抜け出し、更生することを信じて。しかし、それは私の夢である婦人警官を諦めることも意味していました。前科のある家族を持つことは警察官にはタブーだからです。

その時の私の気持ちはハチャメチャでした。どうして自分勝手に生きているあなたに私の人生を邪魔されなくてはならないのかと。やり場のない怒りや、目標を急に失ってしまった喪失感とで、どうすることも出来ずに悶々とした日々を過ごしました。

この時期、私は自分の事が大嫌いになるくらい、恨みや妬み、劣等感や孤独感など、自分というフィルターを通じて様々なネガティブな感情を学びました。しかし、そのおかげで他人や環境のせいにせずに強く生きていける自分になりたいと心から思うようになりました。

今となっては、自分自身に真剣に向き合うきっかけを作ってくれた出来事なので、とても感謝していて、私の中ではあなたに対する恨みも、とっくの昔にリセットされています。しかし、あなたはこの事をずっと気にしていたことを私は後から知りました。

あなたの遺体を引取りに行った時、あなたが住んでいた田舎の派出所のお巡りさんと話しをする機会がありました。人懐っこい性格のあなたは、お巡りさんにも色々なことを話していたようですね。

お巡りさんは私に言いました。「妹さんの話はよくお兄さんから聞いてましたよ。いつもうちの妹が、、、とお兄さんは妹さんの話ばかりしてたんですよ。自慢の妹さんだったんですね。ある時、妹さんが婦人警官を目指してた話も教えてくれましたよ。俺と違って妹は真面目で頭がいいんだよ。でも俺のせいで婦人警官になる事が出来なかったんだよって妹さんに迷惑をかけたことを悔やんでましたよ」と話をしてくれたのです。

私も忘れてたくらい昔の話しなのに、あなたはずっと私に迷惑をかけたと気にしてたんですね。直接言ってくれれば、もう気にしてないよと言ってあげられたのに。この時私は不器用だったあなたを懐かしく思い、無条件にあなたに愛されていたことを改めて知り、涙が溢れてきました。

思えばあなたは、いつも私に無償の愛を与えてくれました。私が大人になり、趣味で海外旅行に行くようになった時も、お前はすごいな海外に行ってと、いつも褒めてくれました。私が海外なんてパスポートをとって、飛行機のチケットをとれば誰でも行けるよと言うと、決まって、俺は海外なんて無理だよ。お前は勇気もあってすごいよと言うのです。あなたは死ぬまで私のことを頭が良くて、勇気があって、すごい妹と勘違いしていましたね。しかし、私が婦人警官になれなかったのは、あなたのことは関係なく、筆記試験に落ちたからです。決して頭が良いわけではありません。そしてあなたと似て不器用な私は大人になっても、うまくいかないことばかりで、傷つくのが怖くて、何も出来なくなってしまうこともよくあります。決してあなたが思うような優秀で勇敢な妹ではないのです。

しかし、どんなに私が自分のことをダメな奴と否定しても、あなただけは、いつも変わらずに私の事を「スゴイ!」と褒めて、肯定してくれました。お世辞ではなく本気で。

けれども私は、あなたが生きてる時はこのことに素直に感謝出来ませんでした。妹が大好きなあなたは、度々私に電話をしてきましたね。そして、今何してるんだ?とどうでも良い話を永遠としてきました。私はそんなあなたをウザったいと思い、とても冷たい態度をとっていました。しつこい電話が何日も続くと私は声を荒げて、もう電話をかけてこないで!と怒鳴りつけ電話を切ることも度々ありました。ひどい妹です。しかし、どんなにひどい態度をとっても数日後あなたはいつものように元気か~?とヘラヘラと笑いながら電話をかけてくるのです。

あなたが亡くなって私は気付いたことがあります。それはあなた以外の人に自分の感情をむき出しにして、怒りをぶつけたことがないということです。子供の頃から私は自分の感情を素直に表現出来ない子供でした。甘えたいのに甘えられない。わがままを言いたいのに言えない。それは大人になっても同じで、いつも相手に合わせて、相手を困らせないようにしてきました。

しかし、あなたに対しては別でした。いつだって本能のままに、怒ったり、わがままを言ったり出来たのです。あの時は気付かなかったけど、きっとあなたにだけは、一人の妹として純粋に甘えられたのだと思います。何があっても変わらずに愛してくれるあなたを、唯一無二の存在として認めていたのだと思います。

今なら素直に言えます。

あの時は、ごめんなさい。そして私のことを沢山愛してくれてありがとう!!

こんなことを言ったらあなたは調子に乗って天国からも電話をかけてきそうですね笑 もし電話をかけてくるとしても、せめて1週間に1回にして下さいね。

気付くと私もあなたが亡くなった年齢を超えました。あなたにとっては、いつまでもベビースターラーメンが好きな小学生の女の子かもしれませんが、もう立派なおばさんです。離婚やら色々な人生の経験もしました。しかし、この年になってやっと本当の自分を生きることを知りました。誰かに合わせて生きたり、自分を卑下したり、自分の心を無視して生きることはもうしません。

あなたが私にしてきてくれたように、私も自分のことを無償の愛で愛したいと思います。そして周りにいる人達に対しても同じように。

まだまだ話したいことは沢山ありますが、今日はこの辺にしておきます。10年分の想いを込めたので、かなり長い手紙となりましたが、最後までちゃんと読んで下さいね。何日かかっても良いので。

気が向いたら、また手紙書きます。もうしばらくは、そちらには行かない予定です。それまではあなたも、あなたらしく天国で楽しんでいて下さい。私も私らしく、残りの人生を楽しみながら、顔晴って生き抜きます。

それではまた会う日まで。

PS.今週の命日にはベビースターラーメンをお供えする予定です。タイのベビースターラーメンも日本の味と同じで、美味しいので楽しみにしていて下さい。


あなたの自慢の妹より




#兄妹 #天国への手紙


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