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102 伊勢神宮は日本古来の文明と文化を今に伝える壮大な「活きた野外博物館」

            写真:伊勢神宮の本殿と神田(Wikimediaより)

 昨日は伊勢神宮の博物館について記しました。
 それからは話が変わりますが、2009年に「神社再生推進機構」というNPO法人が設立されたと聞いたときには驚きました。

 それというのも、
 「神社はもともと、古くから存在するNPO(非営利団体)にほかならなかったはずやのに」
 と思えたからです。

 で、少し考えたのち、あらためてわかったのは、
 「あ、そうか。現代の神社はPO(営利団体)やったんや」
 と妙な納得をしたものです。

 で、少し調べて見ると、たとえば「○○神社に感謝して掃除に学ぶ会」などというNPO法人が活動したりしています。

 この話と、直接の関係はありませんが、それより少し前、経済の高度成長が終焉を迎えた1980年代後半あたりから盛んになった「地域おこし」として、日本全国さまざまな地域で野外博物館の構想が立ち上げられました。

 ここでいう野外博物館(フィールドミュージアム)とは、屋内ではなく屋外にある建築物はじめ、森林や河川や湖沼などの大自然、田畑や牧場などの施設などを展示物と見立て、見たり触ったり体験したりできる壮大な装置のことです。

 愛知県の博物館明治村やリトルワールド、岩手県の遠野市伝承園や遠野ふるさと村、岐阜県白川村の合掌造り民家園などがその事例です。

 何故こんなことを考えたかというと、その前後に伊勢神宮を訪れて、
 「なぁんや、その全体を眺めたら、伊勢神宮こそ野外博物館のご先祖さまなんや」
 そう思わされたのです。

 そこで伊勢神宮です。
 伊勢神宮は周囲の関連施設を訪れると非常に面白いのです。

 というのも、神宮の神々は人と同様、御饌(みけ)という名の食事をなさいます。素材も人と同じ米飯、野菜、魚介などです。
 むろん調味には塩が必要です。そのすべてを神宮は自ら生産し供給しているのです。

 まず、五十鈴川畔に神田があります。大根・人参・蕪などの根菜、小松菜や水菜などの葉菜、芋や豆など40数種の野菜を栽培する御園(みその)もあります。

 塩も御塩浜の塩田に潮を引き入れ、天日で濃縮し、煮詰めて荒塩とする古来の方法で作られています。熨斗鮑(のしあわび)や鯛の干物なども自前なのです。

 そういえば神宮に近い志摩は、若狭や淡路と並んで古代の朝廷に海産物を献上する御食国(みけつくに)でした。それで、周辺には豊かな樹林が残っていて、活きの良い鯛や鮑の獲れる海を守っているのです。

 神々はまた衣服をまとわれもします。
 素材は絹と麻、つまり和妙(にぎたえ)と荒妙(あらたえ)で、絹布は神服織機殿(かんはとりはたどの)神社、麻布は神麻続機殿(かんおみはたどの)神社で織られているのです。

 神々の住まわれる神殿もまた神宮工作所の宮大工と茅葺工の手で建てられます。

 さらに昔は用材の桧も神宮の近くの御杣山(みそまやま)が供給していました。
 さすがに江戸以降、その産地は木曽の山に移ります。が、いずれ神宮近隣の領地で供給できるようにと計画的な造林が続けられているのです。

 そのほか笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、笛など雅楽を奏でる楽士、神楽に不可欠な歌と舞を演じる専属の芸能者などがいます。

 こうして伊勢神宮は周辺施設を含めると、その全体が自然とのつきあい方をめぐる卓抜の知恵を秘めた日本古来の文明と文化を今に伝える壮大な「活きた野外博物館」であることが分かるというわけです。

 この記事とは関係がないのですが、ぼくは、こんなキンドル本を出版しています。
 無論、Kindle Unlimited なら、無料でダウンロードできます。お読みいただけると、大喜びします。
 21世紀になって、好ましいことの少ない日本の現状を、少し別の角度から考えてみるキッカケにならないかと思い、こんな本をまとめた次第です。


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