101 「常若」という神道の思想と神宮徴古舘
写真:神宮徴古舘(Wikipediaより)
伊勢神宮には、小学校の修学旅行以来、何度か出かけたことがあります。
が、20年ばかり昔の参詣以前には、その関連施設に3つの博物館のあることを知りませんでした。
ここでいう3つの博物館とは、神宮徴古館、神宮農業館と式年遷宮記念神宮美術館のことです。
これらのうち最初に設立されたのは、農業の神様である豊受大神(とようけのおおかみ)をおまつりする外宮前の農業館でした。
神宮徴古館より20年近く早い1886(明治19)年のことでした。
それは、自然の恵みとそれに支えられる農業の姿を伝える日本で最初の産業博物館なのです。
で、ここでは神様にお供えする神饌、明治時代の内国勧業博覧会などに出品された農業を中心とした産業に関連する資料などが展示されていて、日本の農業の伝来の姿を目の当たりにすることができます。
今ひとつの式年遷宮記念神宮美術館は、1993(平成5)年の第61回神宮式年遷宮を記念して創設されました。
ここには文化勲章の受賞者をはじめ、文化功労者や日本芸術院会員、あるいは重要無形文化財保持者が、式年遷宮を奉賛して伊勢神宮に奉納した絵画や彫刻、書や工芸などが展示されています。
が、やっぱり最も興味をひかれるのは神宮徴古館にほかならないように思います。
それは「常に若々しく蘇る」ことをめざす式年遷宮に体現された「常若(とこわか)」思想の結果物なのです。
伊勢神宮の公益事業のひとつである神宮徴古館は1909年に設立されました。ただ、現在の建物は、1945年の空襲で焼失したのちに復旧したものです。
展示物は20年ごとの式年遷宮の際に本殿建築と共に一新される神宝や装束です。
ここで「神宝」とは織機、太刀、弓矢、琴、硯のほか、衣服ほ・足袋・沓などの装束のことです。その総数は約800種、1600点にのぼります。
そのすべてが当代随一の伝統工芸師たちの手になる最高級品なのです。
たとえば衣装の原糸は伊予の春繭を能登で撚り、京で染め、華麗な錦や優美な綾に織り上げます。
葛の繊維で編み上げた筥(ばこ)は、縦糸には厳寒期に、横糸には真夏の土用に刈った葛の茎に気の遠くなるような手間をかけた素材が使われるといいます。
内宮御料の太刀には金色の金具に400個以上もの宝石がちりばめられ、全部で4080本に及ぶ神宝の矢の矢羽根は美しい鷲や烏の羽なのだそうです。
ただ、注意深く見ると矢羽根が2枚しかありません。
そう教えてくれた元神宮禰宜の矢野憲一さんは、
「だから真っ直ぐには飛びません。それに外宮御料の太刀は長さ150センチ。腰に差しても抜くことができません。いずれも実戦には使えない。つまり伊勢神宮は文字通り平和の神々をお祀りしているのです」
そんな伊勢神宮が軍国日本のシンボルのように扱われた時代がありました。そんなことを思い出すと、
「物事の真偽は現地に足を運んで自分の目で確かめないと駄目なのだなあ」
現地を訪れる旅や観光の秘める力を実感させられたのでした。
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21世紀になって、好ましいことの少ない日本の現状を、少し別の角度から考えてみるキッカケにならないかと思い、こんな本をまとめた次第です。
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