夢って何?:「フロイトの夢判断」から「脳科学の夢認識」へ
ジクムント・フロイト『夢判断』の考え方
19世紀最後の年である1900年、ジクムント・フロイト(Sigmund Freud)は『夢判断(Die Traumdeutung)』という書物を上梓しました。
そのフロイトは1885年、18歳のときに、パリでジャン・マルタン・シャルコーからヒステリー症状の催眠療法を学んでいました。
写真:ジャン・マルタン・シャルコーと18歳のフロイト(Wikimediaより)
ヒステリー症状とは、心身が極度に緊張して、凝り固まってしまうという心身症状です。
この精神症状の原因は「隠れた欲求不満」や「トラウマ」だとされます。
ただ、それらは覚醒時には「潜在意識に抑圧」されていて「自覚できない」というのです。
それをフロイトは催眠ではなく、患者に自由に連想を話してもらう「自由連想法」という方法を用いて見つけようとしました。
これはフロイトが患者を寝かせて、自由な連想を話してもらうために用いたベッドのような寝椅子です。
こうした療法のきっかけをフロイトは、覚醒時の抑圧がとれて、無意識の願望が発現する睡眠中の夢に求めたのです。
そこで思い出すべきは、水上に浮かぶ氷山にたとえられる人間の心の構造です。そのうち、覚醒した意識は水上に出た氷山の一部、水面下には、ずっと大きな領域を占める潜在意識が潜んでいるというのです。
今ひとつ、彼は人間の行動の基本に「リビドー」という名の「性の衝動」があるのだと考えました。
それで、ここからは、ちょっと「無理な相談だ」というほかないのですが、夢に出てくる蛇などは男性器、穴や窪みは女性器を象徴するものだと考えたようです。
REM睡眠の発見⇒眠りと夢の科学的研究
そんなフロイトの「夢判断」から半世紀余り、「レム(REM)睡眠」が発見されて、ようやく眠りと夢の科学的研究が始まりました。
その発見者は写真の二人です(左:ユージン・アセレンスキ-、右:ナサニエル・クライトマン:Wikimediaより)。
彼らの研究によると、睡眠にはレム(REM)睡眠とノンレム睡眠の2種類があるというのです。
これらタイプの異なる睡眠では、脳波のパターンにも違いのあることが知られています(脳波の図の上:レム睡眠、下:ノンレム睡眠)。
そこで簡単な比較を試みておくと、これらのうち「レム睡眠」は、その英語名のとおり、眠っているのに「眼球」が素早く運動するという特徴があります。
しかし、目の筋肉以外は、ほとんど動けず、体は活動できません。
にもかかわらず、大脳だけは部分的に活発に活動するので、鮮明な夢が見えるというわけです。
また、呼吸や心拍数も不安定になるとされています。そして、一夜の睡眠では「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」が4、5回、繰り返され、最後のレム睡眠で目覚めると考えられています。
脳科学が説明する「夢のメカニズム」
そんな「夢のメカニズム」を、現代の脳科学は「覚醒時」との比較で、こう説明します。
まず、覚醒時には、外界から視覚情報が目を通して受け取られ、網膜に届きます。
その情報は感覚中枢の視床を経て、さらに視覚領に届きます。その情報が今度は前頭葉で分析され、データ統合されて「ものが見え」て記憶されるというわけです。
他方、睡眠時には外界からの視覚情報は皆無です。が、眠くなって眠ると、睡眠中枢が起動し、脳全体の活動が低下し、レム睡眠を発生させる脳幹が活性化し、その刺激で大脳が活性化します。
で、脳の記憶が視覚領に伝えられて夢が見えるというわけです。
夢のストーリーの作られ方 ⇒ 2タイプの解釈
つまり、夢とは、脳幹からの不規則な刺激を受けて、過去の記憶が無秩序に読み出されて「視覚化」されるものなのです。
で、たとえば、大好きで、ずっと仲良しだった祖父を、出刃包丁で殺してしまうといった夢が見られたとします。
そんな夢を、フロイト流に解釈すると、
「表面的には祖父と親密だったが、自分が気づかない潜在意識で祖父を憎んでいたのではないか」
他方、現代の脳科学なら、たとえば「祖父の記憶、魚をさばいた記憶」が無秩序に読み出されて、想像できないようなストーリーに書き換えられた結果なのだろうというわけです。
広く「夢の効用」を捉え直す
未だ夢には、さまざまな謎もありますが、ときに夢は芸術や科学などに大きく貢献する場合があります。
タルティーニ作曲「悪魔のトリル」やケクレによる「ベンゼン核の発見」などには「夢は天才である:『眠りと夢の文化論』ことはじめ」で、すでに触れたとおりです。
無論フロイトの『夢判断』も20世紀の芸術に大きな役割を果たしました。その影響を受けて詩人のアンドレ・ブルトンが『シュールリアリズム宣言』を上梓し、それがきっかけとなって大きな芸術の流れが生まれました。
写真:アンドレ・ブルトンと『シュールリアリズム宣言』(Wikimedia)
彼自身は、たとえば「自動的に動く手で詩を書く自動記述」などで「無意識の表現」をめざしました。
たとえば夢に刺激されて有名な絵画作品を残した芸術家に、フランシス・ピカビア、ルネ・マグリット、サルバドール・ダリなどの画家がいます。
左から順に、ピカビアの「パピヨン」、ルネ・マグリットの「大家族」、サルバドール・ダリの「記憶の固執」を並べてみました。そこにはシュールリアリズム絵画の典型を見ることができるでしょう。
REM睡眠は記憶を定着させる
それに夢が見えるREM睡眠には記憶を定着させる機能のあることが分かっています。
新しい記憶を一定の期間、保持する脳の器官に「海馬」があります。「海馬」という名前は「海馬とも呼ばれるタツノオトシゴ」に似ていることから名づけられました。
そして海馬は、情動を支配する扁桃体と共同で記憶を強化します。このプロセスにおいては、REM睡眠が海馬を活性化し、壊れやすい記憶を安定化させるのです。
さらに、その情報は海馬から側頭葉の記憶中枢に送られて保管されます。
そういうわけで、レム睡眠が奪われると、記憶が定着しにくくなります。
ですから、とくに新生児や幼児には長いレム睡眠が必要とされるわけです。彼らは、その間にさまざまな夢を見て、すこしずつ記憶を確かなものにしていくというわけです。
なぜ夢を見るのか。なぜREM睡眠中は動けないのか。
「なぜ夢を見るのか」について、フィンランドの認知科学者アンティ・レボンスオは、こんな説を立てています。
「夢には、恐怖など、未知の状況への対応の仕方をシミュレーションする働きがある」
というのです(写真:アンティ・レボンスオとシミュレータ」)。
今ひとつ興味深いのは、夢を見ているREM睡眠中には、目以外の筋肉が動かないのは何故か、というものです。
これにはフランスの神経学者のミシェル・ジュベ(下の肖像写真)が、こんな結論を導きました。つまり、
「眠っている状態で、夢に見ている通りに、逃げる、闘うなどの行動をすると危ないから」
というのです。
実際、猫も眠っているときには夢を見ますし、覚醒、ノンレム睡眠、レム睡眠ごとに姿勢が変化します。
で、ジュベは猫で実験したのですが、まず、REM睡眠中に脱力命令を中枢に伝える神経を切断します。すると、猫が夢で何かと闘っているらしい行動が観察されたのです。
とすれば、人間も夢を見ている通りに動くと実に危険だというほかありません。だからREM睡眠中には、目以外の体を動かす筋肉を弛緩させねばならないというわけです。
REM睡眠と夢に関しては、もっと興味深い現象や意味があります。それについては機会を改めて紹介することにします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?