コロナ禍は想像地図に何をもたらしたか?

結論から言うと、コロナ禍は想像地図に正の影響と負の影響の両方をもたらした。そして、どちらの影響の方が大きかったのか、それについて考えてみることにする。

2020年2月まで

まだ世間にコロナの影響がそれほど出ていなかった時期だ。想像地図の人は、この時期にナニコレ珍百景に出演したが、ロケにコロナの影響はなかった。

2020年3月

世間にコロナの影響が出始め、様々なイベントが中止になり始めた時期。想像地図の描画において「世楠洲特需」が発生し短期間で大きな進捗を出した。しかし、これはコロナとは無関係だ。コロナ流行より前から進められていた「沙木半島の下描き」が仕上がったことで、この地域の描画が一気に進んだことに起因する。コロナがなくても世楠洲特需は発生しただろう

一方、想像地図の人は3月末に八王子で開催が予定されていた空想地図学会への参加の準備を進めていたが、残念ながらイベントは中止となった。

2020年4月・5月

この時期になると想像地図の人の勤務先でもオフィスでの三密回避を目的に自宅待機を命じられる日も生じるようになった。緊急事態宣言が出て外出自粛、ならば想像地図の人が想像地図を1日中描き続けることは自明の理だ。

しかし、想像地図を描くためにはただ部屋にこもって地図を描く作業だけでなく、実際の土地の地形などを見てネタを仕入れてくることが必要である。ある程度までは過去に集めてきたネタを使って地図の描画を続けることができたが、持っているネタは有限だ。ネタが尽きてくると、地図の描画は減速に転じた。

すなわち、自宅待機による勤務時間の減少は想像地図の描画にプラスの影響をもたらしたが、外出自粛は想像地図にマイナスの影響をもたらした。そして外出自粛が長引けば長引くほどマイナスの影響が大きくなっていくことは明らかだった。

2020年6月以降

緊急事態宣言解除により通常出勤に戻った。しかし、「通常出勤なのに旅行自粛」という状況は「地図を描く時間も減る、地図を描く為のネタを仕入れる機会も失われたまま」を意味していた。

また、6月に予定されていた「架空言語・架空地図学会」は、三密を避けられないゆえ中止にせざるを得なかった。

想像地図研究所は想像地図の人1人だけの組織ではない。想像地図の人は地図担当者であり、他の部分(言語など)を担当しているメンバーもいる。しかし、想像地図が共同製作になってからの歴史はまだ浅く、メンバーが集まる機会もまだ少ない想像地図研究所にとって、このイベントは重要な意味がある。イベント中止は、共同製作を進める為に重要となる折衝の機会が失われることを意味した。

意外な影響

コロナが想像地図にもたらした影響というと、風評被害の問題である。

想界には「三密町」という駅名があるコロナとは関係なく以前からあった駅名である。この地域を描いたのは2015年。コロナが現実世界で問題になるより5年も前から、この架空駅名は存在した。本来、「三密」は仏教用語である。想界の三密町はそれに由来して名付けられた(作中の設定では、仏教用語の「三密」に由来する僧侶の名前に由来にするという設定だが、本質的に仏教用語に由来することに変わりない)。

にもかかわらず名前のせいでコロナと関係がある地名だと勘違いされることが多発し、想像地図史上最悪の風評被害になっている。

総括

コロナは想像地図の創作活動に間違いなく影響をもたらした。正の影響も多少あったが、明らかに負の影響の方が大きい

2020年の想像地図の描画が史上最大の進捗を出したのは世楠洲特需が原因だ。世楠洲特需はコロナとは無関係に発生した事象だから、コロナがなくても2020年の想像地図の描画は過去最大の進捗を出していただろうし、むしろコロナがなければ、想像地図はもっと進捗を出したはずだ。

そして三密町駅が風評被害を被ることもなかったはずだ。

いち早いコロナの収束を願う。

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