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雨日思走

278.生まれかわることがもしもあるならわたくしは子どもがはじめてかく4となる

279.雨音は身体を叩く寒寒と閉じ居る部屋のノイズキャンセル

280.地下鉄で眠る幼獣にも優しくホーンを鳴らすわたくしの夢

281.ところてん状に押される春を留め夜霜破霜(よしもわるしも)花を凍らす


高校のテストで0点を取ったことがある。
名前の書き忘れでもないし、空欄で出した訳でもなくて、しっかり考えて、分からないなりになんとか捻り出した回答が、全て間違っていた。
流石に笑ってしまったけれど、同級生や親に見せて話題のネタにするほどの勇気はなく、まあ取ってしまったものは仕方ないし、むしろ1点や2点よりは潔いから、これからの人生で0点を取ったことを誰かに話して笑える日が来るんじゃないかなと思いながら、家に帰って答案用紙を丁寧に折り畳んで、自宅のゴミ袋の真ん中くらいの層のところに押し込んだ。
その日の夜になって、これからは普通の人と同じ道を歩むことはできないぞという烙印を脳に直接押されたような気がして、頭がジンジンと熱を帯びてきて、なんだか誇らしかった、でもとても怖かった。

大雨や曇りの日は学校を休んで、ひんやりした家の中でじっとしているのが好きだった。
学校はとても楽しかったし、僕をいじめるような人もいなかったから、単に学校というシステムにちょっと疲れていたのだと思う。
受験とか、恋とか、そういうものとは違うところからやってくる感情に気づき始めた頃で、それらひとつひとつにも名前があるはず、という漠然とした期待に動かされて、毎日本を読んでいた。
帰り道に水たまりを踏みながら、胸に込み上げる何かについて考えていたとき、不意にそれが「せつない」という感情であると名付けることに成功して、僕は嬉しくて「これがせつないなんだ、僕はずっとせつなかったんだ」と何度も呟きながら歩きまわり、家に帰ると飼っている犬にそれを仕草で伝えようとした。犬はとりあえずという感じで僕のあぐらの上に丸くなって座り、手をやさしく舐めてくれた。

学校にはいろんな女の子がいて、誰もが可愛かったし、妙でもあった。
僕には中学生の時から片思いしている子がいて、その子は別の高校に行っていて、だから特に何かある訳ではなかったけど、みんないつまでも見ていたくなるほど魅力的だった。
当時の僕には女の子を指し示すことばとして「かわいい」と「きれい」の二つしか持っていなくて、そんなことばを直接言えるような度胸もなかったから、大抵無言を貫いていた。最近は「素敵」ということばを使えるようになったけど、もしも「好きな人に対する語彙検定」というものがあったら、僕はきっと3点しか取れない。あとはみんな遠回りの、遠くで吹いている風の音みたいな、小さい表現しかできない。

今日は眼鏡を新調する日で、この後眼鏡屋さんに行くことにしている。
色々と探して、やっといいのが見つかったから、眼鏡のために髪の毛を切って、髪も染めた。
でもさっき気づいたんだけど、僕の頭の中で、僕の理想の眼鏡をかけているのは、僕ではなくて、去年いなくなった、高校の同級生だった。
僕は何をしているんだろうと思う。
彼にどんどん近づこうとしているんだろうか。
彼がいなくなったから、安心して彼に憧れることができるようになった、とでも思っているんだろうか。
それとも、彼の分まで生きよう、みたいな、薄っぺらい思想が僕の中にもあるんだろうか。
よく分からない。
でもいまだに泣いている。

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