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【エッセイ】「おかあさんのレストラン」


「おかあさん、うちは出かけないの?暇だよ。」「だったら勉強しなさい!」「ちぇ。」
 こんなやりとりをして逃げるように外に遊びに行くのが休日の定番でした。
家は男ばかり三人兄弟で、僕はその末っ子、食べ盛りのやんちゃ盛りで、    いつも賑やかでした。
 しかし一般サラリーマンの家庭の経済事情にして兄二人は私立の学校に行くようになり、思い切った旅行はおろか、外食の機会もさほど多くはありませんでした。

 ところがある日、「ただいま~!」と家に帰ると、「お帰り」の返事ではなく「いらっしゃいませ。」と母の声がしました。「ん?どしたの?」よく見ると、茶の間がこれでもかというほどおしゃれにおめかしされているのです。いつものちゃぶ台には白いテーブルクロスが敷かれ、真ん中には1輪のバラが生けられています。

 
 「こ、これなに?」と言うと「はい、どうぞ。」と母から渡されたのは、画用紙にクレパスで手書きされたメニュー帳でした。

 
そこにはオムライス、チャーハン、親子丼、中華丼、エビフライにハンバーグ…僕たち兄弟の大好物がこれでもかと書き連ねてありました。

 
 「お母さん、これ、たのんでいいの?」「いいよ。何でも好きなもの頼みなさい。」「うわあ!すごいね、お兄ちゃん、すごいね、なんでもいいんだよ!」

 
 僕たち兄弟は嬉々としてメニューを穴が空くほど眺め、「ぼ、ぼくオムライス!」「僕はエビフライ!」とそれぞれに母に注文をしました。「はい。かしこまりました。」母は台所に向かいました。

 
 「誰のが一番にくるかなあ。」「きっと僕だ。」「いや、僕だよ。」料理が運ばれてくるのをこんなにドキドキしながら待ったことはありませんでした。

 
 「お待たせしました。」母は三人分の料理を両腕と肘を器用に使いながら運んできました。僕らは魔法を見ているかのような眼差しで母に聞きました。

 「どうしてこんなにいっぺんにつくれるの!?」
 「うふふ。それは下ごしらえをちゃんとしたからよ。」

僕らは一流リストランテのシェフと対話をしたかのように感心しました。

 いつもの場所でいつもの母の料理なのに、母のアイデアと遊び心でまるで外食に連れて行ってもらった感覚になり、そしてそれは実際の外食よりも思い出に残るときめきを僕ら兄弟に与えてくれたのでした。

 決して裕福でなくても心は、満たされるものですね。

 しあわせの作り方のカケラを、僕は母から貰いました。

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