今夜旅に出ることにした


急に思いついたわけではない。前からそう思っていた。ただそれが今夜実行されるだけだ。

最低限の荷造りの用意をして、先日買ったショルダーにそれを詰め込んだ。

荷物といっても型落ちどころかジャンクショップで偶然見つけたタブレット端末とモレスキンノートに筆記用具。タブレット端末なんて今どき持っている奴なんていないだろうが、以前の所持していた野郎が純文学が好きだったのか電子書籍がそのままインストールされていた。そんなの趣味じゃないが長旅の時間つぶしにはちょうど良い。たぶん最後まで読むこともないだろう。

人体番号チップはもういらないので捨てることにした。こんなのが背中に入っていると思うだけで虫唾が走る。

意外だったが簡単にチケットの予約は取れた。こんな高額なチケット代は払えるわけない。まあ後から請求されても人体チップ捨てた身にはもう関係のないことだ。何もかもしがらみを捨てるとこんなにも楽な気分でいられるんだ。余計に今までが馬鹿馬鹿しくなる。

予定よりかなり早くターミナルに着いたので、パブで時間を潰すことにした。人体番号がないので手持ちのペイパルで支払える一番安い食事と酒を注文した。今夜が最後になるだろう口から直接とれる食事は。500gはあるだろう、えらく重いタブレットで似合わないが本でも読もうと取り出すと、隣に座った初老の男性が「ずいぶんなつかしい物持ってるな。今でも使えるのか」と絡んできた。「よかったら見るか」絡まれるのが面倒でタブレットは店を出るまで貸してやった。

「おにいさんは例のやつに乗るのかい?それは夢があってよいねぇ。私はもう間に合わないから。それとタブレット見せてくれてありがとう、若かった頃思い出したよ」

老人に丁寧な礼を言われパブをあとにした。人に礼を言われたなんて久しぶりだ。最後の最後になんてこった・・・

搭乗口は最終にも関わらず意外のほか混雑している。それもそうか、見送りに来ている奴とももう再開することもないのだから。

久しぶりの酒で酔っていたのか、乗るなり寝てしまったようだ。目が覚めたときは大気圏どころか銀河系も通過し終わっていた。

宇宙の果ての先の星なんて別に興味があるわけじゃない。ただ地球にいても良いことなんてまったくなかったし、たぶん宇宙の果ての先の星に行っても変わらないのはわかっている。ただこの長旅の間だけでも何も考えず過ごすことができる。

ただ管が身体中に埋め込まれているのは窮屈だ。せっかく持ってきたアンティークなタブレットも立ち上げる気がしない。せめてもと日記用にと買ったモレスキンノートもこの睡魔では無理そうだ。管からの食事は睡眠薬も一緒に入っているのかもしれない・・・

それから何年たっただろう。毎日が同じことのくりかえし。もう本当にどうでもよくなった。

心地よい温かな室温でふと目が覚めた。窓から見える退屈な錆びれた惑星らしきいつもの光景と明らかに違っていた。

燃え盛る赤い惑星とその隣にとてもきれいな青い惑星が見える。

胸のあたりから全身に何かが湧き出るような感覚がする。何だろう?初めての感覚なのに懐かしくも感じる。

ここで初めて船内アナウンスが流れた
「長らくのご乗車お疲れさまでした。お待たせしました、宇宙の果ての先の星に到着いたします。

#宇宙の果ての先の星


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