案内人 -裏- #2
我は王である。名は無い。
我は他の不敬な生き物は全て討ち果たして来た。我の母と死に別れてからは、我は雄々しく常に戦い続け、勝利してきた。
時に同じ姿の色違いとも戦い、時に我より大きな生き物の鼻先を引っ掻き、倒してきた。
最も厳しい戦いは我と同じ黒い色を持ち、空を飛び翻弄する輩との戦いであった。
戦いは三日三晩続いた。それは空を自由に舞い、鋭い口を我に向けて突き刺す強敵であった。
だが我は決して諦めなかった。ついに我の爪が奴の羽を深く切り裂き、奴を退かせたのだ!
この世で我に勝てるものはなかった。
ただ、毛むくじゃらで我が登る木よりも大きく、二本の足で立ち動くもの、あれはノーカンだ。あれは何を考えたのか、我の肉球とは異なり、巨大な足に五本の太い毛の塊をつけ、それを自在に動かしながら我の頭を押しつぶそうとしたのだ!そもそも生き物なのかあれは!
とにかく、我は我が知る生き物の中では最強であり、王であった。征服者であったのだ!
だが、戦い続ける日々に疲れたのも事実である。
休まず常に他の生き物と戦い続け、見知らぬ土地を征服し続けることこそ我の宿命であるが、そのことにほんの少しの疑義を持ち始めておる。
土地は果てしなく広い。
いつ終わるとも知れぬ孤独な戦いを続け、本当に全てを征服することはできるのか。そんな弱音が我の思考を苛む。
月も雲に隠れ、明かりは一切なくなった。
我は夜目が効くが、さすがに寝ずの行軍は堪える。
少し目も霞む。ひとつ、ここで休みを入れておこう。明日の戦いのために……。
ふと地面の冷たさに目がさめた。
我は記憶力も良い。我は確かに繁った草の上に身を横たえたはずだ。
しかしそこは見たこともない模様をした、つるつるに磨き上げられた石の上だった。
水を飲むときに見た、我の精悍な顔立ちも石に写って見えるではないか。
「あれ、お客様……ってあらー、猫ちゃんですかー?」
なんとも間延びした緊張感のない声がする。我は振り向き、驚愕した。
なんとそれは、木よりも巨大なあれではないか!
とてつもなく長い緑の葉っぱが上から下まで伸びておる。石に付くまで伸びているとは、なんという長さだろうか。そしてその根本は白樺のように白い皮のまんまるだ。そこに我と同じような目がついておる。なんたる奇怪極まりない生き物か。
まんまるの下は空の色をしたひらひらだ。それを地面に擦り付けながら近づいてくる。
何者かっ!我のこの逆立つ怒りがわからぬのかっ!
「あーかわいい……どこからきたのかなー?」
我の強靭な尻尾を逆だてるが巨大なあれにはどこ吹く風。突然その身をかがめ、まんまるを見上げる我の目の前に置いたのだ。
「って、やっぱりこれがお客様ってことなんですよねー……猫ちゃんはさすがに初めてですねー」
ネコチャンというのはどうやら我のことらしい。なんだその腑抜けた呼び名は!
「あー猫ちゃん、私の言葉わかりますかね?ええと、私は案内人。裏から表への案内をしてます。ってはたから見たら完全に頭アレな人ですよね私……」
なにやら我に向かって声をかけ、勝手に落ち込んでおる。こやつはあほなのではないか?
だがどうやら敵意は無いようだ。というかその力の抜ける声を聞くといちいち怒る気にもなれん。とりあえず逆立てた尻尾は下ろしてやろう。
「伝わったのかな?えーと、あなたがここに来たってことは、きっと今の自分を変えたいと思ったんだと思います。私はそのお手伝いをしているんですよー」
そのようなことはない!と思ったがそこは我の記憶力。確かに昨日、ほんの少し……ほんの少しだが、戦いに疲れたと考えた。し、しかし今はもう戦う意志に満ち満ちておるのだ!
「ちょっと不満そう?まぁ聞いてください。貴方はちゃんと選べますからー」
巨大な何かが少し後ろに離れると目の前に穴が二つ現れた。穴の先は白く光り見通せない。なんという奇怪な術だろうか。
「左の穴は今まで通りの場所に戻ります。貴方がここに来る前にいた場所で、今まで通りの生活を送ることができるのです」
「右の穴は新しい場所への扉。今までとは違う世界で、あなたの新しい場所を探すことができるのです」
何やら小難しいことを言っておる。要はどちらかを選べということか。
だが我はとっくに決めている。左右の分かれ道が出たら必ず右と決めておるのだ!
王たる我は躊躇しない。さっさと行くとしよう。
「あ、あのー!くぐったら戻れませんよー!?あと、あちょっと待っ…………」
気がついたらまた奇怪な場所にいた。
地面は柔らかい毛の、また面妖な模様の布だ。我はその上に座っておった。
少し前を見るととても高い黒い壁。左右には不自然なほど直立した木の壁に、なにやら引っ掛けるためにありそうな、これまた不自然に整った枝が生えておる。
真上は白い空で、我が知る太陽よりも小さな光が等間隔に並び、降り注いでおった。
身を乗り出すと、左右対称の模様をした、真上から見てぽっかりと穴の空いた布の塊が二つ並べてある。我が入るには少し小さいか。それが一対、二対……
左を見ると、先の緑色の巨大な何かとは違う、別の巨大な何かが我を見下ろしていた。
緑色のあれより背丈が小さく、赤い布を纏って、黒い葉っぱをまんまるの左右にぶら下げている。
その何かがとても驚いたような、しかしとても嬉しそうな顔で我を見下ろしていたのだ。
我も何が起こったかわからず、じっとその巨大なまんまるを見上げていた。
「うわー!猫ちゃんだー!!どこから来たのー!?」
それは突如毛の生えていない、五本の細枝を生やした巨大な枝を我の頭に押し付けて来た。
こ、この不敬者っ!我を押しつぶすなど……
む、しかしこの枝、思ったよりも柔らかいではないか。予想と反して我の毛と皮膚をなでるそれは、意外と程良く我の皮を動かし、今までに味わったことのない心地よさを提供してきた。
ふむ、これは意外と悪くない。もっとするが良い。
それは顔から背中、顎をさすり、我の白く長い毛並みを撫で付けてきた。
……はて、我は黒い毛並みであったはずだが。まぁ良いか。今はこうして王を慰労するこれに浸っておれば良いのだ。
「ママー!猫ちゃん買ってくれたの!?ありがとー!!」
「なーにチエミ。お母さんまだ猫は買って……あらほんと」
心地よさに浸っているうちに、隣のチエミなる何かに呼ばれた、もう一つの何かが現れた。「ママ」と言ったか。まんまるの形と目がチエミによく似ておる。
「ねーママ!私、この猫ちゃんがいい!!買いにいかなくてもいいよね!?」
「そうねぇ……見た所そんなに汚れてなくて毛並みも綺麗だし……」
当然だろう。我は王であるぞ。身だしなみには一等気を使っておるのだ。
「えぇ、お母さんとしても出費しないで助かるし、うちで飼いましょ」
「やったー!!」
キンキンと声がうるさい。チエミが何やら喜びを爆発させ、我を両側の太い枝で抱きかかえおった。
そのまま我の腹をさする。ふむ、良いぞ。もっと我を慰労するがいい。
どうやら我はこの巨大な何かとこれから過ごすこととなったらしい。我は確かに王であったが、臣下はいなかった。孤独な戦いであったのだ。
だが我は今、巨大な何かという臣下を得た。我が欲していたのは我を支え、慰労する臣下だったのかもしれない。
まずはこの臣下を我に心服させ、それから再びこの世界を支配する戦いに出るのだ!
孤独ではない、新たな旅と戦いへの期待に、我の心は踊るように跳ねるのだった。
「あ、この子ちんちんついてない。メスだね!じゃぁ君の名はーー」
ニンジャスレイヤーTRPGを盛り上げるために、もしよろしければドネートを…!聖戦の継続の為に…!