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誰かの弾丸

弾丸。銃。必要なものは全て揃っている。これは知らない誰かがくれたものだ。その誰かは、僕が知っている中の誰でもなくて、男か女かも分からなかった。

というより男でも女でもなかったと言った方が正しいのだろう。人間としての臭いがなかった。

僕の知っている誰でもなくて、つまり全く知らない誰かであって、男でも女でもない誰か。人間かどうかすら分からない、誰であるのかどうかさえ分からない誰かに弾丸と銃を手渡された。

その誰かは僕の目の前に現れるとそれらを差し出した。

「いいか?弾は一発だ。お前に与えられる弾は一発しかない。これを込めたら絶対に目的から銃口を逸らすな。弾は一発しかないから決して無駄にするな。弾を込めたら目的から銃口を逸らさずに一気に引き金を引け。絶対外すな。いや、外しても構わない。外せばお前のチャンスがなくなるだけだ」

誰かの顔はひどい逆光で真っ暗になっていた。人間の形をした闇に話しかけられているようだった。そうだ、その誰かは人間の形をしていたのだ。

「与えられたチャンスを無駄にするな。その一発で必ず目標を撃ち砕け。お前の人生を変えるチャンスはその一発にかかっている。いいな?弾は大事に使え」

僕は差し出された弾丸と拳銃を受け取る。銃身の冷たさが背筋に寒気を伝えるとても人を破壊するほどの火力があるとは思えないほど冷たい。しかしその確かな重さを感じた途端に人を破壊することを目的に作られたものだということを理解する。

「もし外したら?外した場合はどうすればいい?」

僕はその誰かに問う。僕は別にその答えを望んではいない。どんな答えだろうが別に構わない。というか答えをもらうことすら僕には必要のないことだ。

その誰かは僕の質問を聞いてにやりと笑う。正確には笑ったような気がした。さらに厳密に言うなら笑ったような気がしたと僕が感じた。誰かは何もしていない。さっきから何も言っていない。

「弾がなくなれば銃はその存在意義を失う。しかしそれは弾があれば存在意義が生まれることの裏返しでもある。弾を失ったのなら弾を買えばいい。いいか?外したら働いてお金を貯めて弾を買うんだ。自分の、他人の人生を砕く力の塊を、お前の努力で生み出すんだ」

働く、お金をもらう、弾を買う、誰かを砕く。それがこの銃に僕が与えるであろう一生だ。しかしそれは僕次第だ。一発撃ってそのまま存在意義を与えなくてもいい。そもそも一発だって撃つ必要もない。弾丸も、このままどこかに投げ捨ててしまってもいい。

「いいか?狙う相手はよく考えろ。その弾は一発しかない。それは特別なんだ。自分の人生を転覆させることが出来る劇薬だ。いいか?弾を込めたら絶対に銃口を逸らすな」

僕は受け取ったその場で銃に弾を込めて、誰かに、人間の形をした闇に銃口を向ける。言われた通りに銃口を逸らすことはない。

引き金は重く、弾丸の発射とともに轟音が響く。銃を持った手を起点に全身に大きな衝撃が走る。だからと言って何かの感動が生まれるわけではない。衝撃と感動は必ずしも比例しない。むしろ衝撃によって空虚さが浮き彫りになっただけだった。

弾丸を発射した銃は熱く、先端から薄く白い煙を放っている。衝撃にかき消されるようにして、誰かは消えた。弾は当たったはずだ。果たしてその誰かを撃ち砕くことは出来たのだろうか。

「おもしろい判断だ。だが、これは無効だ。お前はこの一発に苛まれながら次の一発をどのように使うか考え続けることになる。弾倉を確認出来るか?そこには無効になった一発が込められている」

弾倉を確認するとさっき撃ったはずの一発が残っていた。いや確かに撃った感触はあった。誰かの言うように撃ったが無効になったのだろう。ここに込められている弾丸と、さっき誰かにもらった弾丸は別物だ。

「言っただろう?弾丸を込めたら銃口を逸らすな。そして目的を一気に撃ち砕け。いいな?今お前が撃ち砕くべきものは何だ。お前の邪魔をする不条理は何だ」

僕は声のするままに銃を構え、空に向かって号砲を鳴らすように放つ。先ほどと同じように手を起点に全身に大きな衝撃が走る。

全身に走った衝撃は脳を伝い、感情を司る神経を刺激する。世界ががらがらと音を立てて崩れる様を見ながら、次は何を撃ち砕こうかを考え始めていた。

おしまいです。面白ければご購入お願いします!

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