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道案内

「あまり離れるなよ」
そう、鬼の面を被った青年が言う。
周りの淀んだ空気は青年の持つ提灯の光を避けているようで、不思議と安心できた。ここはどこなのだろう。ここへ来るまでの経緯を思い出せない。
青年の面と同じ顔をした小さい鬼が、青年ごしにこちらを覗いているのもおかしな光景だった。

暗闇を先導する青年は、よくみれば随分とおかしな成りをしている。
背負っているのは刀であろうか?そんな怪しい風体なのに、彼の纏う空気は優しげだった。
「こんな場所だと、人と会うことが珍しくてね」
言葉に笑みを浮かばせながら歩みを進める青年に、そうですか、と素直に応じてしまった。どうやらこの道をよく使うらしい。こんな不気味な道を。

ひとつふたつ世間話のような会話をして、提灯の光の中を歩く。外では暗闇が重く漂っているのに、光の中は見えない水槽で隔てられているように外とは他人事だった。変なものを展示している水族館に行っている夢なのかもしれない、そう思えた。

目の前の青年が立ち止まり、先へ行くようにと言う。そこには細い川があった。どうやら夢も終わりのようだ。そうだ、名前を聞いておかないと。お礼を言わなきゃ。

「俺の名前?ジンだ。礼はいらないよ」
そうして彼、ジンさんに促されて川を跨ぐと、目の前には見慣れた街並みが広がっていた。呆然とし振り返ると、そこには街に居並ぶ建物が普段通りに佇むばかりで、さっきまでの淀んだ暗闇が嘘のようだった。

これが、自分の体験した彼の話だ。