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境界


十字路の真ん中に男が立っていた。
もう少しで太陽が沈んでしまう、とある日のことであった。

道の真ん中に、行く先を塞ぐようにして男が立っていた。
男は見るからに怪しい風体で、こちらに気付くと薄らと微笑んだがどうにもうさんくさく見えた。
「よう。そろそろ夜だが、どこへ行く気だい?」
どこへって、家に帰る以外にないだろう。素直にそう答える。
「そうか…。そうだよな。けどな、お前さんの家ってのは本当にこっちか?」
男は困ったように言う。優しそうな声色だが、どこか違和感があった。
「この先には、道なんてないのだがね」
そんなはずはない。ここは十字路で、男はその真ん中に立っている。通り道を塞ぐようにして。男が退ければ、その先には道があるのだから。
そう考えているうちに、なぜだかどんどん不安になってきた。
十字路に面した家の窓から視線を感じる。こんなところに公衆電話などあっただろうか。塀で見えない道の向こうに誰かがいる影がある。いつの間にか男の足元には小さい鬼のようなものがいて、こちらをじっと見つめていた。
その男の足元に伸びているはずの影がない。

日が沈みそうだと感じてからどれくらいの時間が経っただろうか。日の沈む瞬間がこんなに長いはずがない。それにどうして、この男はさっきから一歩も動こうとしないのだろうか。男はただまっすぐこちらを見つめているだけだが、まるで人間ではないものように感じられた。

不安な気持ちに気付いてしまうと急にその場にいる事そのものが怖くなってきて、私は回れ右をしてさっさとその場を立ち去った。
男が追いかけてくるかもなんてこれっぽっちも思わなかった。
ただあの場に居たくない。それしか考えられなかった。

どこをどう通ったのかは覚えていないが、気がついたら家に帰っていた。
あとからよくよく考えてみると、自分の住む街にあんな十字路なんてなかった気がする。十字路の先に本当に私の帰る家があったのだとして、私はいったいどこへ帰ろうとしていたのだろうか。

なにより、あの男はなぜ、あの場から動かなかったのだろう。