真夜中の選択

 夜中に小腹が減って台所に行くと、クマはいなかった。
 どうしてクマなんかいると思ったのか少し気になったが、それ以上に気になったのが冷蔵庫だ。

 慎重に冷蔵庫を開けてみると、そこにみっちりと毛むくじゃらの何かが詰まっていた。クマだ。冬眠中のようでぐっすりと眠っている。
 何がびっくりって、あんまり驚いていない自分にびっくりだ。自宅の冷蔵庫でクマが冬眠してるなんて奇天烈なことが起こっているのに、どこか納得している自分がいる。

「それにしてもよく眠ってるな」

 冷蔵庫に入っていた食べられるものはすべて食べてしまい、空いたスペースにすっぽりと収まったものらしい。冷蔵庫の中は温度が低いから、このままにしておけばきっと目を覚まさないだろう。

 しかしよくよく見ると異様な光景だ。これは現実なのだろうか。もしかして夢なのではないか。

「……夢、なのかな?」

 そのとき確信に近いひらめきが走った。そうか、これはこの冬眠中のクマが見ている夢なのだ。私はその夢の登場人物の一人に過ぎない。
 それなら、このクマが冬眠から目覚めれば、私は消えるのだろう。だが、幸いクマはここにいる限り目覚めることはない。

 でも、だ。
 この私の思いつきはいったい本当なのだろうか。本当にこれはクマの見ている夢なのか。私はただの登場人物に過ぎないのか?

 それを確かめる方法がひとつだけある。このクマを起こすことだ。
 だが、それをすれば私は消える。もしこれが本当に夢なのだとすればクマが目覚めた途端に私は消えるし、現実なのだとしても目覚めたクマに私は食われるだろう。

 しかし、クマを目覚めさせる以外にこれが夢か現実かたしかめる術はない。夢か現実か確信の持てぬままのあやふやな生を生き続けるか、白黒はっきりつけて死ぬかだ。

 私は選択を迫られている。わりと究極の。
 「好奇心は猫を殺す」というイギリスのことわざを、私は思い出していた。

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