クマとカラスとクッキーと~さらば青春の光~

 夜中、小腹が減って台所に行くと、クマが冷蔵庫を漁っていた。それはもうものすごい勢いで。いかにもクマという猛々しさで。
 冷蔵庫の周囲はその食い散らかしで月曜日のゴミ集積所のような有様になっている。そしてその残骸には、実際にカラスたちが群がっていた。明かりを点けていなかったので、その黒い体が見えなかったのだ。

「どうして我が家にクマとカラスが……」
 あり得ない現実に、まるで夢でも見ている気分になる。
 為す術もなく立ち尽していると、そのうちクマと力ラスが争いはじめた。エサを奪い合っているのだ。その獲物が先日出席した結婚式の引き出物だったので、ぼくはたちまを夢から覚めたような気持ちになった。

 引き出物は新婦の手作りクッキーで、その新婦というのがぼくが大学時代に大変懸想していた相手だった。彼女の結婚は今もばくには大変ショックな出来事で、そのツライ経験を乗り越えるには手作りクッキーを完食する必要があるとぼくは感じていた。それがいつまでも決断できずにグズグズしているうちにこんなことになってしまったのだ。

 だが、さすがのぼくもこの期に及んでようやく決心が着いた。あのクッキーは必ずぼくが完食する!
 ぼくは必勝の決意でクマと力ラスの戦いに参戦した。三つ巴の戦いは明け方近くまで続いた。そして見事その戦いに勝利したのはぼくだった。ヒトの執念が野性を凌駕したのだった。

 ぼくは手作りクッキーをむきぼり食った。泣きながら食べたクッキーはほど良い塩気がしていて美味しかった。その美味しさにぼくはまた泣いた。
 食べ終わったとき、クマとカラスはいつのまにか消えていた。すべては夢だったのだろうか。失恋のツラさがぼくを狂わせたのだろうか。
 ともあれ、手作りクッキーはすべてぼくの胃袋に収まっていた。ぼくの青春の思い出とともに。

 そのとき、台所に朝日が射した。生まれ変わったような気のする朝だった。

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