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王国

 私は村田沙耶香の「コイビト」という作品がとても好きだ。その短編が収録されている「授乳」のあとがきで瀧井朝世は強い自分独自の世界を持つ主人公たちを「王国を築き上げている」と表現した。

 その王国は破滅することが決まっている。世間との折り合いはつかないし、とても脆く、協調性も合理性も全くない王国。にも関わらず主人公たちはその王国に縋り、閉じこもり続ける。そうすることで生きようとしているのだ。この矛盾。

 人は矛盾せずには生きていられない。それを抽象的ながらも極端にまで突き詰めた短編だと思う。「コイビト」の主人公はホシオというハムスターのぬいぐるみとの2人きりの世界を築き上げてその他にまるで興味がない。生きるための食事もめんどくさがり、一緒に暮らす家族のこともホシオ以下だと考えている。時には自分たちの世界にゲンジツの他者がどれだけの影響を与えられるのかを試すために、塾で嫌われている汚らしい男性教師とわざと性行為に及ぶ。しかし、その感想は「ここまでしかこれないのか」であった。はたから見れば狂人であろう。
 しかし、私はそこまで強い信仰を持った主人公が少し羨ましいとも思ってしまう。

 これ以外に何もいらないと強く思える対象があるとき、その人は幸せだろうか?たとえそれが破滅するのが決まっているのだとしても。

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