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なんでもない話 #1

先日友人と写真や映像の黄金比率の話をした。

一応、あるのだ、黄金比率というものが。
ただ結局その話は「いいものはいい」で終結した。

比率など関係なく、センスのいい写真はどんな画角だろうとよいのだ。

だって横写真の黄金比率で撮影したとして
それが縦になったら?
比率は変わらないが見たときの気持ち良さは変わると思う。

“黄金比率ってなに?”
という、もはや日本語の定義の問題と化す。

どうでもいい、なんでもいい話。世間話はいつでも楽しい。
大きい事柄だろうが、小さな日常だろうが、話をするのは楽しい。
だけど、「知らん」の一言で終わることが多い。私はもっとどうでもいい会話をだらだらしたいだけなのに。

いつからだろうな
そういう寂しさを感じ始めたのは。

仕事でたくさん話をするから、家で話すのは疲れるという。

それも

わかるけど

わからないよ

いつも私は何か伝えたいと思った時は言葉が足りなかったり多過ぎたり
結局伝わらなかったり、寄り添えあえないことが寂しかったり、でもその寂しさもうまく伝えられなくて
いつの日か我慢して飲み込んだ言葉にこそ本当の気持ちがあったと後から思ってももうその時は言えなくて

飲み込むという判断をしたのも自分で
だから誰も責められない

傷口から膿みが出てしまうようにコップから水が溢れるように
今私の中の弱さが堪えきれずに出ている

原因はなんだろうか

コップのふち ぎりぎりまで水が入っていて、溢れるきっかけの1滴が 原因 というのは、違和感がある。
きっかけはあくまで原因の全てではない。

言葉をたくさん飲み込みすぎて 窒息しそうになっていたのか
寂しさで心が冷たくなって 知らずしらず傷になっていたのか

いつか 原因がわかる時がきて
私はこの弱さを手放し 元通りの生活ができるようになるのだろうか

#diary #photo #myhusband #日記 #なんでもない話  

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