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如法暗夜 2019年11月 血は鉄の味 恵子

10月は天候には恵まれなかったが、他の営業所に比べダントツで売り上げ寸志がでた。11月も営業所としては先月の最高売り上げを、月半ばで更新し絶好調だった。
 当然仕事が忙しく、駿介は陽子の部屋に入りびたりで、仕事を持ち帰る為に書斎に籠りきりになる事が多く、食事は一緒にしても、先に陽子が寝た後に駿介が寝る様な状況だった。土日も仕事に没頭で、一緒に過ごす時間が減って、一緒に生活をするだけのルームメイトになったような状況だった。
 
 1カ月程前は互いを激しく求め会ったのに、少し寂しい気持ちになったが、それでも同じ職場で昼夜をほぼ一緒に過ごしているので不安はなかった。
月末金曜の夜は仕事を早めに切り上げて営業所のメンバーで飲みに行くのが恒例だったが、先月今月とまとめ役の駿介がいないので各々が仕事を終わらせて帰った。陽子の仕事が終わり、恵子もほぼ同時に終わったので一緒に食事をしようと、あのcafeに恵子を誘う事にした。
 
 大通りから一本入って道を進むと、駿介とは見つける事ができなかったのに恵子とは迷う事なく辿り着く事ができた。

「素敵な外観ね。陽子の行きつけのお店なの?」
「まだ数回。だけど父の事を知ってる人が沢山くるお店でね
食事もお茶も美味しいの。」

扉の前で話をしていると、突然ドアが開いた。

「いらっしゃいませ陽子さま。」
いつもの男性が迎え入れてくれた。今日は満席とは言わないまでもなかなかの賑わっていた。

「わーぁ。素敵なお店。でも高そう・・・。」
恵子は調度品に囲まれた店内を見回しながら席に着いた。
紫檀の細かい彫刻が施された清式家具の大きな椅子はまるで玉座のようだった。テーブルには人や仏、天女や神獣も彫られている。テーブル椅子、装飾品に至るまで繊細な中に大胆さがあり、美術品に目が肥えていない恵子でさえ目を引くものばかり。

「陽子、凄いねここ。食べる前からお腹がいっぱいなぐらい満足しちゃう。
本当に素敵な空間過ぎて・・・。でも、こんなに素敵なお店なのに何故私達しかお客さんがいないのかな勿体ないわね。」
いや、そんなはずはない。陽子が店内を見回すと、空席はあるが
10人ほどの客がいるのだ。

「やめてよ、いるじゃない。満席ではないけれど。」
「ちょっと冗談はやめてよ。誰もいないわ。私達だけよ!!」

語気を荒めにする恵子の声で、店内を見回すとさっきまで居たはず、自分が見たはずの人達がいない。もう一度店内をくまなく見ると金の粒子がキラキラと光ながら微かに人型を作っている。人を見た場所全てに見えるのだ。
普通の店ではないと思ったけれど、ここは何かしらの特別な場所なんだと陽子は思った。しかし、恐れや不安は不思議となかった。

「本当だ、ゴメンね恵子。さぁ何ににする??」

 メニューを開いてこの店が飲み物に合わせて食事を作ってくれるシステムだと説明すると恵子は、『メモリーズ』と言う名の赤ワインを、陽子は『アムール』と言う名のシャンパンのロゼを注文した。

先ず、恵子のワインがグラスに注がれた、真っ赤な鮮血のような不気味な程に深みのあるワインだ。陽子のシャンパンは、綺麗なピンク色の中に金色の泡が泳いでいるようだった。二人は「乾杯~。」とグラスを合わせて一口飲んだ。

 恵子は本当に血を飲んでいるような感覚にを感じた。「血は鉄の味・・・」ふと思い出した。ワインのグラスを覗き込むと、独特の赤いに引き込まれるような感覚に陥り次の瞬間、薄暗い部屋に小さな少女を見つけた。

 暖炉の明かりだけがこの部屋を灯している。小学生ぐらいの女の子が小さなベッドに横たわっている。天井近くに小さな小窓があり、どうやら半地下のようだ。ガチャっとドアの開く音がすると、年は40後半から50代のくらいの、小柄で細身の男が入って来た。

「心配することないよ、、。今日からここが君のお家だよ。ずーーと一緒にいようね。」

と女の子を抱擁し、男は用意していた鋏で服を切り出した。女の子は抵抗すると殺されるかもしれない恐怖で、全裸にされいくのに涙も声も出せなかった。生まれたままの姿になった女の子を見て男は高揚し服を脱ぎ始めた時、突然電話のベルが鳴った。

「ちょっと待っててね、直ぐ来るから」といって電話を受けに行った。
その時だった、天窓から眩しい程の光が入り女の子は目を閉じた。ゆっくりと目を開けた時、真っ白なスーツを着た中性的な青年が立っていた。

「怖い思いをしたね。君は気付いてないかもしれないけれど、実はもうこの世の人じゃないんだよ。難しい表現かな。君はね、もう死んでるんだよ。」

青年がそういうと、声が出せなかった女の子が突然喋り出した。

「うそだそんな事ないもん。生きてるもん。」
「そうか、わからないんだね、若い魂には時々そんな子がいるんだよね。じゃ、僕の指先を見てごらん。」

すると、首にロープがまかれた跡が残る、全裸で横たわる女の子がいた。

「いやだいやだ、私は死んでない。ママとパパとバァバのいる家に帰る。」

「そうだよね、帰りたいよね、じゃ僕と契約を結ぼう。君をもう一度家族と一緒にいられるようにしてあげる。その代りと言ってはなんだけれど、『陽子』という名前の人に会った時から君は、彼女の使い魔として生きるんだよ。約束できる?」

「うん、うん。約束する。」

「素直でいい子だ、じゃぁ今すぐ元の身体に戻してあげよう。」

そういうと、首にあったロープの痕がみるみるなくなり、血色が戻りはじめ
開きっぱなしだった目が瞬きした。何度か瞬きをして、赤ん坊が自分の手を確認するように手を上げて見つめた。

「あ、動く、生きてる生きてる。」

「もうすぐ男が戻ってくるよ、君は約束を守れる良い子だからご褒美を上げよう。悪い人間は退治しなければいけないね、暖炉を見てごらん
あの横に火搔き棒という尖った鉄の棒があるから、あの棒で悪い奴を退治しようね。」

女の子がゆっくり暖炉の方へ向かい、火搔き棒を手にした時男が部屋に戻って来た。

「えええ、生きてる。。そんな、そんなはずは・・・。君にもう一度永遠の命をあげるよ、さぁおいで。来ないなら僕がいくよ。」

と襲い掛かりそうになった男に火搔き棒を向けると、男の首に刺さり
横に落ちる瞬間に肉裂け噴水の様に血が飛び散った。空から血が降り注ぎ、女の子の顔が真っ赤にそまり唇の周りを舐めると鉄の味がした。
血を浴びた全裸の状態で、男の家を飛び出して近所の人に助けを求めた。

そう、これは恵子の過去だった。

 陽子はいつもの様に変わった感覚を味わう事がなく美味しいお酒と食事くを楽しんでいたが、微睡んでいるような表情で、黙々と食事をして、ワインを飲み全く言葉も交わさない恵子が少し心配になった。

「ねえ、恵子どうしたの?口に会わなかった??」

と声が聞こえた瞬間、目の前に陽子が見えた。

「あ、、、うん、うん美味しいよ。」

そう言ってフォークでマリネを掬いあげようとすると

「お味はいかがですか?。」

 ニコニコした笑顔で男性が感想をきいてきた。恵子はハッとした。
彼こそが自分を蘇生させた青年だった。あの頃から15年程経っているのに、彼は若いまま。いや初めてあったあの日より若いかもしれない
表現し辛い感情がこみ上げてきた瞬間に、身体を巡る血液が熱くなるのを感じた。

「美味しいです。」

そう答えて男性と目が会うと、空間が捻じれはじめ、真っ暗になったと思うと、長い燭台に乗る深紅の和蝋燭に1本ずつ火が灯り、恵子を取り囲んですべての蝋燭に火が灯ると、幼い頃に会った時と同じ真っ白のスーツ姿の青年が現れた。

「やあ久しぶり。大きくなったね。僕の事を思い出してくれたみたいでありがとう。今から契約を遂行してもらう。君の命が尽きるその時まで。」

男性が手のひらを恵子に向けると、恵子の身体から金粉のようなキラキラした粒子が飛び出し渦を巻いて吸い込まれていった。次に手のひらから出てきたのは、黒いコールタールのような粘りがありそうな物体が恵子の身体を覆い、ス―――ッと浸透していき、恵子の目は金色に光り、猫の様に瞳孔が縦に伸びた。

「今日今から、使い魔としてと生まれ変わる。人の姿を借りながら、陽子様をお守りするのだ。少しづつ使い魔の自分の力を知っていくだろう。わからない事があればいつでもここへ来るといい。」

恵子を取り囲んでいた和蝋燭は1っ本ずつ消え、最後の1本が消えると空間が歪み、マリネを掬いあげた時に戻った。

「それはありがとうございます。」
そう言って男性は店の奥へと消えていき、恵子は誰もいないと思っていた店内が賑わっているのに気付いた。人がいる。いや人の姿を借りた魔物達だった。
恵子は突然の出来事だったとはいえ、幼い頃に抜け落ちたていた記憶が埋まり、与えられた新しい命と使命を受け入れる覚悟ができた。

食事が終わり会計をすませて席を立ち出口へ向かう途中、座って食事をする人の姿を借りた魔物達が、通り過ぎる恵子に「おめでとう」「ようこそ」などと仲間になった事を祝った。

陽子は何となく雰囲気が変わった恵子と、金色の人型の粒子が増えたのはわかった。

「またお待ちしておりますね。ありがとうございました。」

そう言って男性が扉を開けると、金色の粒子が外から入ってきて恵子の周りをグルグルと囲むように動いて、藤色のシャンデリアに吸い込まれていった。

店をでて少し歩いた近くの駅から恵子は帰る事にした。

「陽子、今日はありがとう。明日から頑張るわ。」
「明日は休みじゃない。月曜から頑張りましょう。おやすみなさい」

そういって、ぞれぞれの家路を目指した。
恵子は駅へ向かう細く路地に入ると、街灯の光がなくても
暗闇が昼間の明るさのように見えた。

つい数時間前までは気が付かなかったけれど、街は魔物で溢れていた。
恵子は新しい人生が始まった事に喜びを感じた。


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