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如法暗夜 2020年4月X日


コロナウイルスによる非常事態宣言で、東京の街は魚のいない熱帯魚の水槽みたいな雰囲気で静まり返っていた。

普段なら人がひしめきあう雑居ビルの非常階段の踊り場から、突然スパークするような光と共に紫色の炎が上がり、悲鳴ともうめき声ともとれるような苦しい叫びが響き渡り、『ドスン』と鈍い音がした。炎の塊がアスファルトに落ちたのだ。

 その悲鳴と音に驚いて、 闇でバー開店していたオーナーが外へ出ると、目の前に見た事もない紫色の炎の塊が渦を巻きながら空へ上がって行った。信じられない光景に唖然とし、真っ黒に焼けた人の塊を見付けると腰が抜けてその場に座り込んでしまったが、気を取り直してすぐ110番に電話した。

 静寂の街もパトカーなどの警察車両で少し賑やかになったがそれでも人がいないので、普段の賑やかさを知っているひとなら異様な光景なのだ。雑踏や喧噪ではなく、サイレンとエンジン音と警察関係者の声だけが響いていた。

数日後、真っ黒に焦げた人の塊は、
土田駿介29歳と判明した。
これといった外傷も争った跡もなく、舌が焼け焦げてなくなり、骨の一部が露出するぐらいの高熱。しかし気道は焼けずに煤が残っていない。普通の焼死体とは異なる点が多かったが怨恨などの事件性も薄く、つい最近婚約が破談になったようで、それを苦にした自殺の線で片付けられた。

5月某日、駿介が焼け落ちた場所にアザミの花が供えられていた。
第一発見者になったオーナは、その花の色と駿介を包んでいた炎の色が重なり背筋から寒くなるのを感じ、2.3発両手で頬を叩いて店の中へ入って行った。

このアザミを供えたのは駿介の会社の同僚、大城陽子だった。
陽子は遠くからオーナーが怯えながら店に入る姿を見て小さく微笑んだ後、人のいない異様な静けさの繁華街を後にした。

アザミの花言葉は「復讐」

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