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ジョーカーは微笑んでいる

ジョーカーが手元に回ってきた。

このときの心情を例えるなら、
どうだろう。

兄ちゃんが使ってるライターを手に取り
誰にも見られないように火を付けた
あの時の感情に似てないかい?

ただ、今の俺にはそれが比にならない程
大きく鼓動が打ち続けていた。

観客は5人。

皆ニヤニヤしながらこちらを見つめている。

「はぁーい、河野と夢ちゃんの一騎討ち!」

この鼓動は、
ジョーカーが手元に回ってきたとか
みんながどんどん輪から外れていく中
取り残されている焦りではない。

川本夢子が膝を崩して、
俺の方へ向き直したからである。

膝と畳が擦れた音に気付いたのは
恐らく俺1人だった。


「負けた奴が好きな人を発表する!」

ゲームを始める前、
高松が罰ゲームを発表した。

周りの女子は

「えー、無理無理」

だとか各々好き勝手言っていたが
声が浮き足立っていることは
目に見えて分かった。

そんな中、
一言も話さずカードを配り始めたのが
川本夢子だった。

俺も本当は
「えー、無理無理!」
の立場だったが、
彼女の配ったトランプを
大人しく手に取った。

同じ数字の者は、
真ん中へ集められていく。

ペアのいない数字だけが、
手元に残る。

なんとも現実的で、
且つ社会の勝ち負けというものを
表したゲームである。

周りは俺たち2人の手札を見ながら
ニヤニヤしていた。

「河野、本当にそれで良いのか?」

俺は場を盛り上げる

ピエロとなって、
カードを背中に向けてシャッフルし直した。

クイーンか、
それともジョーカーか。

俺は改めてカードを胸の前へ並べた。

視点はわざと、
もう1枚のカードを見つめていた。

川本夢子はジョーカーを選んだ。

「夢ちゃんー!」

仲の良い女の子が騒ついた。

手加減してあげなさいよーだとか、
周りのガヤが叫んでいる中、
川本夢子と目が合った。

俺は慌てて目線を外した。

修学旅行にいく前日、
兄ちゃんは俺にライターを渡した。

「嫌な思い出は持って帰るな。
土産話は楽しかった
思い出だけで良いからな」

既に全てのイベントを網羅した
兄ちゃんが話す言葉は身に染みた。

兄ちゃんと俺は、
6つ歳が離れている。

だからか、にいちゃんが
煙草を吸い出しても茶髪になっても
いつまでも俺は小さな弟として
可愛がられていた。

俺は持ち物検査で引っかからないよう、
カバンの奥底にライターをつっこんだ。

川本夢子は常に勝気だった。

今、この生きるか死ぬかの瀬戸際でも
何食わぬ顔で取り巻きをたしなめている。

「好きな人いないとか、無しだからな」

座って観戦するのに飽きた
高松は、布団を転がりながら挑発した。

川本夢子は、
胸元に2枚の手札を差し出した。

右手側のカードが、
少しだけ頭を出していた。

川本夢子が微笑んだ。

俺は残りの手札である
クイーンの顔を見つめながら
冷や汗をかいた。

俺は、頭の出ているカードを
素直に手に取った。



クイーンだった。

周りから一斉に歓声が上がる。

「夢ちゃんだ!夢ちゃんが罰ゲームだ!」

俺は安堵した。
同時に消失感に駆られた。

俺の負けは、
川本夢子と一騎打ちになった時点で
決まっていたじゃあないか。

みんなが川本夢子を囲んでいる中、
俺は彼女が最後に置いた
ジョーカーを手に取った。

そして、敗北感を抱え
ヨロヨロと自室へ戻った。

手に持ったジョーカーは誰なのか。

誰が、川本夢子に微笑んだのか。


「えー!付き合ってんの!?」
と騒ぐ甲高い声が廊下まで漏れていた。

俺は部屋に戻ると、
カバンの奥底に眠っていた
ライターを取り出した。

ジョーカーのカードを持って、
洗面台まで歩み寄った。

ジョーカーは、
最初から川本夢子とペアだった。

俺はクイーンを手放すその瞬間まで
その事実に気が付かなかったのだ。


トランプにライターを近づけた。

カチッカチとライターを押した。

火は付かなかった。

ガスなんて入っていなかったのだ。

俺はその場にしゃがみ込んで、
頭を掻きむしった。

「飯の時間だぞー!」

廊下から、
先生の声が聞こえた。


俺はライターをカバンに投げて
何食わぬ顔で扉を開けた。

「河野、聞いたかよ。川本ってさ」
廊下で合流した高松が
肩を組みながら耳打ちしてきた。

俺は何食わぬ顔で相槌を打った。




思い出の燃やし方まで、
ちゃんと聞いとけば良かった。





挿絵協力:みゃーむょん
https://instagram.com/wimwim_1616?igshid=dv29cqghwjwa


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