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象潟&三種への道①

「秋田県の名物は?」と訊かれたら何を思い浮かべるだろう。
なまはげ、きりたんぽ、比内地鶏、秋田犬、蓴菜 、あきたこまち、ハタハタ、曲げわっぱ、角館の桜…、まぁそんなところではないだろうか。
ここで、「いや、待て待て、 蓴菜、って何?そもそもなんて読むの?」と思ったあなたは鋭い。秋田犬のふさふさの尻尾の陰に小さく丸まって隠れている彼に気付くとはさすがとしか言いようがない。
そう、秋田名物「蓴菜」。読み方は「じゅんさい」。池や沼に自生するスイレン科の多年生水草で、食べられているのは、水中で透明なぬめりを纏った幼葉の部分だ。  
「あー、あの夏の時期、ちょっとした小料理屋あたりに行くと小さなガラスの器で出てくる、ぬるっとしたあれね」と思い出される方もいるかもしれない。そう、そのじゅんさいだ。
でも、そのじゅんさいの国内シェアの9割を秋田県が担っているという事実まで知っている人は日本国広しといえど、そこまで多くはないはずだ。T先生に言わせれば、「そもそもじゅんさいを知っている人自体が日本国民の4割に満たない(T先生調べ)」ということだから、その数の少なさは想像に難くない。
そんなニッチな食材ではあるが、私は子どものころからなんとなくじゅんさいのことが気になっていた。もちろんそんなにしょっちゅう出会う相手ではなかったが、たまにお膳の上で再会すると、「お、いたんだね」と、親しみを込めて箸先で突っつきたくなるような、そんな存在だった。
その希少性、謎のぬめり、そのわりに儚い味わい、植物のくせに野菜とは一線を画すミステリアスな存在感…そう、私はじゅんさいのことを憎からず思っていた。
 
「秋田でじゅんさいを摘んできたよ」とT先生が言うのを聞いたのは数年前のことだ。
「じゅんさい摘み」―初夏のころ、朝の情報番組などで、蓮の池のようなところで小さな箱型の船に乗って危なっかしくじゅんさい摘みに挑戦するレポーターの姿は風物詩のようなもので、たぶん多くの日本人が一度は目にした光景ではないだろうか。
ただ、あれはあくまでテレビ用で、一般の人が経験できるようなものではないと思っていた。ところが、T先生はそれを「経験してきた」とこともなげに言ってのけたのだ。
「え?じゅんさいって摘めるんですか?」、そう尋ねた私の声はかなり真剣なものだったと思う。「うん、三種町に行けば摘めるよ!」、T先生の返事を聞いたその時から「じゅんさい摘み」は私の人生の目標の一つになった。

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