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職業訓練校木工工芸科という所(7)

ノミまで扱うようになれば私たちは、勝手墨、加工墨の付け方も本格的に覚えていかなければならない。

“勝手墨をつける”とは各材料を組み上げるときにどの材がどの場所に配置されるか、材の正面はどっちか等を印しておくことをいう。シンプルな額縁を作るにしたって最低四本の材料を四カ所に配置しなければならない。その配置場所をクレヨンのような“材木墨”で印しておく。

やり方はいろいろあるようで、日本式のやり方では第一基準面(見付き面)に一本線を引いておき、第二基準面(見込み面)には二本線を引いておいたりする。洋式のやり方では、例えばワクを作るときの縦棒を二本合わせて二本にまたがる三角形を書いておいたりするらしい。こうすると材の上下も表すことが出来て都合がいい。

加工墨とは、その名の通り加工するために必要な線の事をいう。穴をほる位置、ノコを入れる位置などを印しておく。加工墨を付けるときは墨付け(すみつけ)をすると言ったり罫書く(けがく)と言ったりする。

墨を付けるという表現は大工さんの墨付けの作業から来ているのだろう。墨を付けた糸を材木の上でピンと張り、引っ張ってパチンと放せば材木にはまっすぐな線が引かれている。

だがこれは許容誤差を0.5ミリ以下に抑えたい家具ではちょっと大ざっぱすぎる。そこで私たちは、“白書(しらがき)”と呼ばれる小刀を用いて墨付けをする。このような場合はやはり「罫書く」と表現するのがふさわしいだろう。

もちろん製品の正面になる第一面に傷を付けるわけにはいかないため、そこは鉛筆を用いる。だがそれ以外の場所では白書で加工墨を付けていく。白書の相棒はエル字形の定規でスコヤと呼ばれる。これにスジ罫引き、ホゾ罫引きがあればシンプルな墨付けには事足りる。

では簡単なホゾ組を作るとしよう。墨付けが済んだ材に対して、私たちはもっぱら三分(9ミリ)幅の向待ノミを用いてホゾ穴を彫った。家具製作ではこのサイズの穴が主力になるらしい。建具だともうちょっと幅の狭いものが使われることもある。

どのように彫るかというと、まず垂直に向待ノミをドンと入れる。次に引っこ抜いたノミを少しずらしてまた垂直にドンと入れる。次にまた少しずらして、とにかく垂直に向待を玄翁でたたき込んで行く。

私は中学時代の授業の記憶からまず垂直にノミを入れ、次にすくうように斜めにノミを入れて削っていくものだと思っていたが、これは大工さんのやり方のようで建具家具ではひたすら垂直にノミを入れる。

止め穴の場合はこの後、銛(もり)ノミと呼ばれる、確かに銛のようなノミで木屑を掻き出して仕上げる。 さらに通し穴の場合は材をひっくり返して、反対側からもザクザクとやる。最後に先の平たい鉄の棒みたいなノミもどきで木屑を打ち抜いて貫通させる。

私がノミの練習をしていると隣で先生と生徒が会話をしているのが聞こえた。

「何某先生はある生徒のノミの訓練を見たときに、この生徒はきっと仕事が速いって言ってましたよ。後ろから見たときに、振り上げた玄翁が頭の上から見えたそうですよ。そのぐらい勢いよく振り上げてたんですね」

それを聞いた私は俄然玄翁を高々と上げ渾身の力を込めて振り下ろした。するといかなる神のはからいかノミを握った左手の人差し指を鉄の塊が痛撃したため私はしばらく悶絶した。いまだに変な色をしている。

あとがき

訓練校は夏休みに入ってしまいました。およそ三週間あるそうです。私としてはこの一年のうちに出来る限り技術を詰め込んでおきたいという思いがあるため休みは必要ないのですが、県の決まりでどうしても夏休みを入れなければならないそうです。

それでも先生に言わせると、「おそらく人生で最後になるであろう長い休み」ということなので、出来るだけ活用してほしいとのことです。自宅でモノを作るなり就職活動をするなり、後悔しないように過ごしてほしいと休み前には訓話を垂れておりました。

私ももちろん何かをすべきとは考えています。ひとまずどこかの僻地で工房でもひらいている人を見つけて技術や商売の話を聞かせてもらいに行ってみようかと思います。付近の骨董市で古道具を漁ってみようかとも考えています。

そんなわけで、手始めに富士山に登って参りました。これまでの話とまったく関係が無いように思われるかも知れませんが、ホントに関係はありません。

富士山は五合目までは車で登ることが出来ます。クラスメイト四人でパーティを組んで夜の九時にこの五合目を出発。ご来光を拝んでこようという目論見です。

五合目にしてすでに二千メートルを超える世界です。酸素不足であっという間に脚が動かなくなります。ところが疲労で動かなくなったわけではないので、少し休むと回復します。気を取り直して登り始めるとまたすぐに疲れてしまいます。妙な感じです。

私の地理学の記憶が正しければ、百メートル高度が上がると0。55℃ほど気温が下がる事になります。梅雨寒で明け方の気温が二十℃前後にしかならない今、山頂の気温は氷点下ぎりぎりです。

時折やけに軽装で登ってきてしまった若者を見受けましたが、もれなくふるえておりました。山頂ではあたたかい缶コーヒーなども売られていましたが、一本四百円。いずれジンバブエのように札束で缶コーヒーを買うことになると思います。

明け方が近づくと山頂を目指す登山者のラッシュが見られます。山頂から見る膨大な数のライトの群はいくらか幻想的でいくらか宗教的です。それにしても多すぎですね。マイカー規制もするだろうという数です。

この時期の日の出の時刻はおよそ四時五十分頃。夜中には星が綺麗だったのですが明け方は雲に囲まれてしまい、ご来光とは行きませんでした。帰りは二、三時間をかけて岩場を降ることになります。かえって脚を痛めるのはこっちです。

基本的に植生の限界を超えた世界であるため、風景は荒涼とした岩場がメインです。特にご来光を目指して登山する場合には、暗闇の中、岩場をはいずり回ることになります。どうも私には達成感よりも苦痛の印象が強く残るイベントでした。雲海は見事なんですけどね。

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