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お水取りを終えれば春になる

お水取りが終われば春になる。
奈良で言い習わされたことを知ったのは
いつのことだったでしょうか。
二月堂のお水取りというのは修二会のことで
お水取りはその中に含まれた儀式の一つです。
修二会は三月一日から十四日間にわたって行われる法会で
毎晩、お松明が二月堂をあかあかと夜空に浮かび上がらせます。
大きな松明の火の粉を浴びると、その一年、
息災でいられるという昔からの言い伝えもあるそうで
そういう「まじない」じみたこともまた、何やらほほえましく
胸がせつなくなるのです。
そこには、今よりもっと病が恐ろしいものだった時代の
人々の切実な想いが感じられるからです。
それからまた、萬々堂さんという老舗和菓子屋さんが出す
お水取りの時だけのお菓子、「糊こぼし」も楽しみです。
これは、お水取りの間中須弥壇の四隅を飾る造花をかたどったもので
うつくしい椿の花のかたちです。
おいしいお菓子だから、いつでもあったら売れるでしょうに
お水取りが終われば、あっさりと販売を終えてしまいます。

何もかもが、その時だけ、この季節だけのものばかり。

修二会は752年から始まり、2023年はなんと
1272回を数えるというのだから驚きです。
ここまで続くうちには、
その形にわずかな変化があったかもしませんが
それでもその核心を失わないままでいることに
畏敬の念を抱かざるを得ません。
日本の底力を、こんなところに私は観ています。


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