《たじまさん》からのお便り

このドラマで起こることはすべて、他人事のようには見られないものでした。学生時代、同じように存続に向けて大学と交渉していた学生寮が閉寮してしまう様子を見ていたからです。
近衛寮よりはずいぶん後の1950年代に建てられたその寮は1990年代から大学から閉寮を勧告されていながらも、ドラマ同様に学生と大学側の交渉によりかろうじて存続していました。
やむなく閉寮した後、新しい寮が跡地に建ち、かつてそこにどんな建物が建っていたかを知る在学生はごくわずかしか残っていません。寮生が学内で行っていた行事も寮生が全て卒業したことで途絶えました。国際基督教大学の第二男子寮という寮です。

私はその隣に建っていた、比較的新しい寮に住んでいましたが、もちろんそこに住む寮生たちと交流がありました。春と秋には交流会、夏と冬にはスポーツ大会があり、寮のプライドをかけて闘いました。彼らの汗臭さ、堅物さ、狂気ともとれる愛寮心はとてもいとおしいものでした。
近衛寮のシーンを初めて見たときに、これはあの寮だ、と思いました。雑多に重なった毛布、靴が踏み散らかされた玄関、無造作に漫画が詰まれる本棚、転がる缶ビール。それらすべてが重なって見えました。彼らが残したかったものはこういうものだったのだ、と思いました。

たぶん人間は、過ごした時間と、そこで感じたことの記憶を頼るしか、世界を愛せないのだと思います。だからこそ、膨大な時間とその記憶がつまったあの寮を愛さずにはいられなかったのではないでしょうか。

一方で、大学側の態度に関しても私は共感を覚えました。現在の大学では事務職員は派遣社員や大学院生も多く、賃金も高くないのが現状です。同時に、大学としても国からの補助金が減る中で、学生を確保するには設備拡充や経営の合理化を図ることはある程度必要です。理念を語るにはその基盤となるお金というものがなくてはいけません。好景気の時代には許されていた大学のおおらかさは、長い不況を経て徐々に失われ、経済的合理性によって淘汰されようとしているのではないでしょうか。
大学としても寮を残したいという気持ちもありながらも背に腹は代えられないという状況が、このドラマの中では十分に示唆されていて、それだけにますます胸が締め付けられる思いになりました。

私は2018年に大学を卒業したので登場人物たちとまさに同年代です。この時代にポツンと取り残された、文化の結晶のような建物が一つ、また一つとなくなっていくこの状況には非常に心が痛みます。

私は、志村にもマサラにも三船にもなれないキューピーに共感します。私たちの世代は周りの目を気にし、争いを避け、人についていこうとしてしまう傾向が強いと思います。しかし、何か大切なものが失われようとするときに感じる悲しみや怒り、そしてドラマで描かれるような無力感は決して見過ごしてはいけないと思います。目を向けることが怖くても、そのやりきれなさに向き合うしか、自分の愛するものの輪郭を守ることができなくなってしまうからです。

自分の中で大切にしているものを引き出されるようなドラマを制作してくださりありがとうございました。

✉️三船役・中崎敏より

田島裕人さま、近衛寮広報室「文通」へのご投函ありがとうございます。
非常に心に響く内容の お手紙で制作陣、キャスト陣共にこの企画を始めて良かったと心から思いました。

そして、パーソナルな記憶や体験を共有してくださったことに感謝の気持ちでいっぱいです。
年齢は関係なく、経験を重ねるに当たって色々な立場の人に寄り添い、葛藤を覚えて自分がどのスタンスでいるべきか分からなくなっていくというのは多くの人が抱えている悩みだと思います。私自身にとっても現在一番強く抱えている悩みの一つです。

自分がかつて知らなかった立場の想いに気づかされた時の衝撃、無力感、悲しさ、憤りなど複雑に絡み合った感情はなかなか簡単に整理できるものではないですし、答えが見つかるものでもないと思います。
自分自身もキューピーに近い立場だと思ってい ます。

ただ、お腹の奥底にあるちょっとした違和感に気づく事はやはり仰った通り、「たぶん人間は、過ごした時間とそこで感じたことの記憶に頼るしか、世界を愛せない」のだと思います。
その経験をしている人の思いやりというのはそういった葛藤を抱えている自分のような人間には凄い力になるというのは、この手紙が届いてはっきりと分かりました。

少しでも人を思いやり、個人的経験を繋げられるようにしていきたいと、強く思いました。
これからも自分の中の大切なも のを失わずにいられることを心より祈っております。