スカした男

「スカしてるんじゃないわよ!」

二丁目の極狭ゲイバーで言われた言葉だった。
スカ…してるのかな、俺。

思えば俺は昔から明るいタイプではなかった。
人の輪にどんどん入っていくのは苦手で気がついたら一人で端っこにいるタイプの子供だった。
人と会話するのも一対一がせいぜいで三人以上になったらだいたい喋る側には回れない。
それはただ単に話に興味がないとか、人間が嫌いとか言うわけではなく、他人とコミュニケーションを取る際に"リズムが合う"人とでないとなかなかまともな会話ができないというだけなのだ。

俺はあの頃まだウブな大学生だった。
ゲイの世界に足を踏み入れて一年かそこらであっただろうか。
相変わらずアプリで男を探すと、自分好みのイケオジと繋がった。

彼は仕事とは別で大学院に通い、学位取得を目指しているとのことだった。
インテリな雰囲気もプラスポイントで、しばらくのやり取りの後、会うことになった。
会うのは二丁目。

ゲイ活動を始めてからも特に二丁目に行ったことがないと伝えたところ、彼が"色々教えてあげる"とのことで二丁目が選ばれたのだ。

実際に現れた彼は想像より多少小柄であったが、その他はアプリでの印象通り。インテリで話も上手かった。

一軒目はお互いの身の上話などしながら美味しく夕食を楽しんだ。
早い時間だったので二軒目に行くことに。
彼がよく行くという"二丁目らしいバー"を見せてあげるとのことだった。

らしいとはどういうことなのだろうと狭い狭い路地の狭い狭いバーに入った瞬間だった。

「あら、お帰り〇〇ちゃん〜また太った〜?」

バーテンが彼に声をかける。

「もう、今日はアタシ男連れてきてるんだから、やめてよ!」

彼が返す。

???…

彼は店にいた他の客とも知り合いのようで次々に挨拶を交わす。

「久しぶり〜✕✕ちゃん〜?ヤダ〜鼻整形した〜笑?」「今日の△△ちゃんめちゃくちゃババアに見えるわよ〜笑」

???…

ひとしきりのやり取りが終わると当然一同の視線は俺の方へ。

「あ、あ、あ、よろしくお願いします…。」

絞り出すような声しか出なかった。

俺にとっては悪夢のような時間だった。
彼はまさに水を得た魚のように、周囲の客と弾丸トークを繰り広げる。同じ言語を話しているはずなのに内容が一つもわからない。

彼は俺のことも話に入れようとしてくれているのだが俺の反応が全くの的外れで、俺が発言すると店内は静寂…俺が再度発言すると静寂…その繰り返しだった。

オネエ言葉で猛スピードで交わされる攻撃的かつ自虐的で最後には笑えるオチがついているトーク、俺はなすすべもなかった。

あまりに会話に参加できていなかったからだろうか、バーテンが俺をいじろうとし始めた。俺は、ははは…と煮えきらない笑みを浮かべながら微妙な対応。。。

「スカしてるんじゃないわよ!」

ついにバーテンにバシッと言われてしまったのであった。


悪夢のような時間は過ぎ、気がつくと帰る時間に。

「驚いちゃったかな?ごめんね。」

別れ際に彼が謝る。

彼が謝ることではない。
ただこのスタイルが俺には合わなかっただけだ。

二丁目では頭の回転が何よりも大事である。ウィットに富んだアドバイスをしてくれる毒舌オネエといったステレオタイプ的ゲイ像は、こういう文化から出現しているものである。

しかし当然であるが、ゲイの中にも多様性はある。
俺は残念ながら頭の回転が速いオネエではないし、自虐で笑いを取れるほどの大胆さもない。

結局のところ彼とその後はなかった。
コミュニケーションスタイルがあまりに違う世界で生きていると思ったからだ。

ゲイというと"オネエ言葉で男と女の気持がわかって時に厳しいアドバイスをしてくれる毒舌カリスマ"みたいな思い込みをしている人もいるかと思うが、残念ながら俺は根暗でスカしたゲイだ。

それ以後、二丁目にはしばらく足を踏み入れられなかったのであった。

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